ようやく次号の編集が終わりました。
1ヵ月は本当に早い。それが実感です。
毎回終わるたびに思うことは、
「よく書けるな」と「もう出し切った」ということです。
だけど、出し切るとまた入ってくるから不思議です。
さて、次号の随筆の一部を紹介。
上海の展示会視察でお世話になったのが朱名超さん。
名刺の英語名には「Koko ZHU」と表記されていた。
お会いするまでメールでも、電話でもKokoさんと呼んでいたので、
「『名超』は『Koko』と読むんですか?」と尋ねたら、
「いえ、違います。なぜか『Koko』と呼ばれています」との答えだった。
ふっと「フランス語の発音なのかな」とも考えた。
そのKokoさんは、1981年以降に生まれた「一人っ子」世代である。
日本でも一人っ子はいるから、そのことについて深く考えたことはなかった。
少しKokoさんと世間話をしていたら、「私にはお兄がいました」と言うので、
「『一人っ子』政策もいい加減なんだな」と思ったところに
「お兄さんは幼少時に交通事故で亡くなりました」と言った。
「あっ! それでKokoさんは生まれたんだ」と驚きが声となった。
Kokoさんは静かに「そうなんです。神様が私に命をくれました」と言った。
実は、さらにKokoさんは胎児の時には双子だったそうだ。
一人に脳の欠陥が見つかったので、
Kokoさんが選ばれた聞いたから、さらに驚いた。
「一人っ子」政策とは一体なんだろう。
そんな思いが込み上げてきた。
1ヵ月は本当に早い。それが実感です。
毎回終わるたびに思うことは、
「よく書けるな」と「もう出し切った」ということです。
だけど、出し切るとまた入ってくるから不思議です。
さて、次号の随筆の一部を紹介。
上海の展示会視察でお世話になったのが朱名超さん。
名刺の英語名には「Koko ZHU」と表記されていた。
お会いするまでメールでも、電話でもKokoさんと呼んでいたので、
「『名超』は『Koko』と読むんですか?」と尋ねたら、
「いえ、違います。なぜか『Koko』と呼ばれています」との答えだった。
ふっと「フランス語の発音なのかな」とも考えた。
そのKokoさんは、1981年以降に生まれた「一人っ子」世代である。
日本でも一人っ子はいるから、そのことについて深く考えたことはなかった。
少しKokoさんと世間話をしていたら、「私にはお兄がいました」と言うので、
「『一人っ子』政策もいい加減なんだな」と思ったところに
「お兄さんは幼少時に交通事故で亡くなりました」と言った。
「あっ! それでKokoさんは生まれたんだ」と驚きが声となった。
Kokoさんは静かに「そうなんです。神様が私に命をくれました」と言った。
実は、さらにKokoさんは胎児の時には双子だったそうだ。
一人に脳の欠陥が見つかったので、
Kokoさんが選ばれた聞いたから、さらに驚いた。
「一人っ子」政策とは一体なんだろう。
そんな思いが込み上げてきた。