ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
これは、室生犀星氏の詩の有名な冒頭の一節である。被災でやむなく、故郷を離れなければならなかった人たちの心情とは、だいぶ異なるには違いない。だが、この詩もまた1つの心理を歌っており、それゆえ時を超えて多くの人びとに愛され続けているのであろう。そんな故郷で過ごした幼少の時に返り、いささか悪戯心を起こしてみたい。
「包装は身近にありて使うもの/そして時には思うもの/『よっしゃ』/
使いづらさに我もまた/1つ妙案出したろうか」。いうまでもなく、冒頭の室生氏の詩をもじってみたが、だいぶ“格下げ”となってしまった。あくまで幼少時の悪戯である。だが使いづらいパッケージ(商品?)を手に、「こうしたらエエのに!」と1度は妙案を浮かべたことのある人は少ないはずだ。
それほどパッケージは身近な存在であり、素材や構造など比較的に誰にも理解しやすい“シンプルさ”に覆われている。とはいえ、物流や保管での強度や湿度・温度変化への耐性、それだけではなく自動化や製品保存などでの適性を備えなければならい。さらにデザインや表示といったコミュニケーションに止まらず、密封性と開封性という背反する要求に余念がない。
一体、1つのパッケージにどれほどの多様な技術が結晶しているのだろう。そう考えるとパッケージの魅力は広がるとともに、それを担うプロたちには頭が下がる。まさしく蝉の一生にも似て、1つのパッケージもまた商品として消費されるまでのわずかな命を繰り返している。それが、シンプルさに覆われている所以であろうか。
そうしたパッケージの存在から、本誌にも面白い問い合わせなどが寄せられる。「私自身、携帯包装されている粒ガムの数年来の購入者の一人です」と、巻紙包装だと思われるが、携帯するカバンの中でポロポロと零れ落ちる煩わしさから、ついに妙案が「思い浮かんだ」という報告である。単三乾電池などで使用されるマルチシュリンクフィルム包装をイメージしたようだ。
素材については触れていないが、これまでのパッケージに粒に合わせた凹凸を加工することで、開封後に零れ落ちることを防ぐというものである。もちろん投稿者(河村光廣)はプロではなく、実用化に向けた課題は残していると思われるが、すでに実用新案※の登録済みである。本誌は、パッケージからそこはかとない技術の奥ゆきが感じられることも大切だが、それ以上に、身近で親しめる“シンプル”な存在であり続けることだと思う。こうした面白い知恵を、誰からでも自在に引き出せる媒体が他にあろうか。
※興味があれば連絡ください。ご紹介します。
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
これは、室生犀星氏の詩の有名な冒頭の一節である。被災でやむなく、故郷を離れなければならなかった人たちの心情とは、だいぶ異なるには違いない。だが、この詩もまた1つの心理を歌っており、それゆえ時を超えて多くの人びとに愛され続けているのであろう。そんな故郷で過ごした幼少の時に返り、いささか悪戯心を起こしてみたい。
「包装は身近にありて使うもの/そして時には思うもの/『よっしゃ』/
使いづらさに我もまた/1つ妙案出したろうか」。いうまでもなく、冒頭の室生氏の詩をもじってみたが、だいぶ“格下げ”となってしまった。あくまで幼少時の悪戯である。だが使いづらいパッケージ(商品?)を手に、「こうしたらエエのに!」と1度は妙案を浮かべたことのある人は少ないはずだ。
それほどパッケージは身近な存在であり、素材や構造など比較的に誰にも理解しやすい“シンプルさ”に覆われている。とはいえ、物流や保管での強度や湿度・温度変化への耐性、それだけではなく自動化や製品保存などでの適性を備えなければならい。さらにデザインや表示といったコミュニケーションに止まらず、密封性と開封性という背反する要求に余念がない。
一体、1つのパッケージにどれほどの多様な技術が結晶しているのだろう。そう考えるとパッケージの魅力は広がるとともに、それを担うプロたちには頭が下がる。まさしく蝉の一生にも似て、1つのパッケージもまた商品として消費されるまでのわずかな命を繰り返している。それが、シンプルさに覆われている所以であろうか。
そうしたパッケージの存在から、本誌にも面白い問い合わせなどが寄せられる。「私自身、携帯包装されている粒ガムの数年来の購入者の一人です」と、巻紙包装だと思われるが、携帯するカバンの中でポロポロと零れ落ちる煩わしさから、ついに妙案が「思い浮かんだ」という報告である。単三乾電池などで使用されるマルチシュリンクフィルム包装をイメージしたようだ。
素材については触れていないが、これまでのパッケージに粒に合わせた凹凸を加工することで、開封後に零れ落ちることを防ぐというものである。もちろん投稿者(河村光廣)はプロではなく、実用化に向けた課題は残していると思われるが、すでに実用新案※の登録済みである。本誌は、パッケージからそこはかとない技術の奥ゆきが感じられることも大切だが、それ以上に、身近で親しめる“シンプル”な存在であり続けることだと思う。こうした面白い知恵を、誰からでも自在に引き出せる媒体が他にあろうか。
※興味があれば連絡ください。ご紹介します。