自省も込めて最近、無性に腹が立つのは
善人ぶったエゴである。
特に政治とマスメデアは、「ここに極まった」と感じる。
思いを共有する人は少なくないと思う。
ここに1つ1つあげつらう余裕はないが、
1つだけ例を上げて“エゴ”の本性をさらしておきたい。
政治での目下最大の関心事といえば、
「首相の辞任」であろう。
寂しい限りだが、それが現実である。
辞任をめぐり、右往左往する姿は滑稽だ。
その最たる狼狽えぶりを露呈しているのが
まさしくマスメディア。
これまでも事象を追うことに明け暮れ
物事の本質に迫ろうとしなかったつけだ。
真実はいつも単純なのだ。
いまだ首相は1度も「辞任する」とは言っていない。
にもかかわらず、それを事実のように決め込んで憚らない。
こうしたことは、辞任騒動だけの話ではない。
注意深く報道を聞けばよくある話。
「節電が原因で熱中症が増えている」といった類も同じ。
どんな検証をしたのだろうか。
分かりやすい思い込みによるとしたら、開いた口が塞がらない。
そこにあるのは「大衆は下、マスメディアは上」
「大衆は愚、マスメディアは賢」
よって「愚かな大衆を光に導いてやっている」というエゴだ。
“100%”とは言わない。だが、あえて言いたい。
「節電、節電」と煽られて
自らの生命を危うきにさらす日本人はいない。
それほど愚かではない。
むしろ、政府やマスメディアの愚考を見下ろしながら
賢く生きている。
その結果が、夏日が続く中にあっても使用電力を80%台にキープしているのだ。
決めつけは、相手を愚弄したエゴから生まれる。
だから、或る国の首相は
その政治家やマスメディアのエゴ(愚かさ)を上手く利用し、
まるで波乗りでも楽しんているようではないか。
「勝手にもっと言ってくれ。俺は一言も『辞任する』なんて言ってないよ」とね。
ここまで来ると、怒りを超えて滑稽である。
それでも、政治もマスメディアも気づかない。
なぜなら、他人のエゴはよく見えるかもしれないが、
エゴは自らの内に住んでいるからだ。
タヌキとキツネの化かし合いのようなことはもう止めて
真剣に問題の本質に迫ってほしい。
それには、自らのエゴと対峙する勇気が不可欠。
そして、どこかの国の首相に
自らが求めていると同じように
謝罪と反省の上に立ち
「やり直す機会を与えてほしい」と大衆に頼むべきである。
政治以上に、マスメディアの罪は大きい。
「シマッタ」と思った時は、もう遅いのだから。
善人ぶったエゴである。
特に政治とマスメデアは、「ここに極まった」と感じる。
思いを共有する人は少なくないと思う。
ここに1つ1つあげつらう余裕はないが、
1つだけ例を上げて“エゴ”の本性をさらしておきたい。
政治での目下最大の関心事といえば、
「首相の辞任」であろう。
寂しい限りだが、それが現実である。
辞任をめぐり、右往左往する姿は滑稽だ。
その最たる狼狽えぶりを露呈しているのが
まさしくマスメディア。
これまでも事象を追うことに明け暮れ
物事の本質に迫ろうとしなかったつけだ。
真実はいつも単純なのだ。
いまだ首相は1度も「辞任する」とは言っていない。
にもかかわらず、それを事実のように決め込んで憚らない。
こうしたことは、辞任騒動だけの話ではない。
注意深く報道を聞けばよくある話。
「節電が原因で熱中症が増えている」といった類も同じ。
どんな検証をしたのだろうか。
分かりやすい思い込みによるとしたら、開いた口が塞がらない。
そこにあるのは「大衆は下、マスメディアは上」
「大衆は愚、マスメディアは賢」
よって「愚かな大衆を光に導いてやっている」というエゴだ。
“100%”とは言わない。だが、あえて言いたい。
「節電、節電」と煽られて
自らの生命を危うきにさらす日本人はいない。
それほど愚かではない。
むしろ、政府やマスメディアの愚考を見下ろしながら
賢く生きている。
その結果が、夏日が続く中にあっても使用電力を80%台にキープしているのだ。
決めつけは、相手を愚弄したエゴから生まれる。
だから、或る国の首相は
その政治家やマスメディアのエゴ(愚かさ)を上手く利用し、
まるで波乗りでも楽しんているようではないか。
「勝手にもっと言ってくれ。俺は一言も『辞任する』なんて言ってないよ」とね。
ここまで来ると、怒りを超えて滑稽である。
それでも、政治もマスメディアも気づかない。
なぜなら、他人のエゴはよく見えるかもしれないが、
エゴは自らの内に住んでいるからだ。
タヌキとキツネの化かし合いのようなことはもう止めて
真剣に問題の本質に迫ってほしい。
それには、自らのエゴと対峙する勇気が不可欠。
そして、どこかの国の首相に
自らが求めていると同じように
謝罪と反省の上に立ち
「やり直す機会を与えてほしい」と大衆に頼むべきである。
政治以上に、マスメディアの罪は大きい。
「シマッタ」と思った時は、もう遅いのだから。