「暖簾」を掛けるところも少なくなったが
いまだ東京でも、あちらこちらで「暖簾」を見かける。
「暖簾」とは一体何であろうか。
ふっとそんな疑問が浮かぶ。
洋風に言えば、「ブランド(brand)」と言うことになろうか。
だが、それでは何か足りない気がする。
「職人」と「プロフェッショナル(professional)」の違いに似ている。

いうまでもなく暖簾が今に伝わるのも
天災や人災など
数々の苦難を乗り越えて来たからに他ならない。
或る時は
「暖簾をはずしてまるめ、火の中をくぐり抜け、必死に逃れた」に違いない。
「暖簾は商家の命だった…
 それだけに生死を賭けても守らねばならなかった」という。

それだけではない。
「いかに苦しい事態にあっても
 いわゆる商売の“邪道”には落ちなかった」とも。
「暖簾を汚してはならない」と
商人としての正しい道を歩み続ける源泉でもあるわけだ。
こんな「暖簾」とはどんな存在なのだろう。

技術でもなければ、お金でもない。
「暖簾」さえ残れば、
いつでも、どこでも復興できるという
何か根源的な源泉がそこにある。
仮に英語で言うならば
僕は「コンセプション(conception)」であると思う。

あなたは今、「暖簾」を持っていますか。
震災後に、あらためて考えるべき
大切な事柄であろう。