興奮


米国の大統領選で
昨日、オバマ氏の勝利宣言があった。

日本でも多くの方が関心をもって
選挙のゆくえを見守っていたのでは。
米国でのサブプライムローンに端を発する
世界同時経済恐慌が騒がれているだけに
その関心の高さは、
日本だけに止まらなかったかもしれない。

読売新聞の、今朝の「編集手帳」には、
「黒人大統領の誕生は
 歴史に刻まれる偉大な1行に違いない」と書かれていたが、
オバマ大統領の誕生の意味は
色いろとあるようだが、
そのことは、むしろこれから問われることになるに違いない。

僕は
その「編集手帳」に書かれていたもう1文が心に残った。
「米国の国内はいま、
 『起こり得ぬこと』を起こし得た興奮に包まれている」と

TV報道などでは、
その“興奮”からさめた後を心配するコメントが多いが、
その“興奮”の実は、現地にいなければわからないもの。
いうまでもなく“興奮”とは、
理解するものではなく、実感、体感するものだからだ。

「踊るアホうに、見るアホう、
 同じアホなら、踊らにゃ、そんそん」という歌が、日本にもあるが、
ある意味、米国民がうらやましい。
たぶん、どこの国であれ
今、「CHANGE」を求めない人は少ないと思う。
その事を興奮して迎えているということが
うらやましいのである。

そういえば
他の事でも、それほどに興奮することが少なくなったのは
僕だけだろうか。

もちろん、興奮がさめないということはない。
オバマ氏は47歳、
願わくばこの“興奮”が、米国だけに止まらず
人類が希望する、新しき時代を開きゆく
その熱と力に変わりゆくことを期待したいと思う。