弟子

司馬遼太郎著作の「竜馬がゆく」に
もう一つ大好きなシーンがあります。
先にも少し触れましたが、
坂本竜馬が勝海舟に弟子入りするシーンです。

唐突になりますが、
千葉道場の跡取りの千葉重太郎は
「竜さん、いつ勝を殺る」といいます。
それに答えて竜馬は
「おお、いつでもいいぞ」と答えます。
そして、勝海舟を訪ねるわけですが、
一通りの対話の後に
「勝先生、わしを弟子にして仕アされ」
「竜さん、ひどいよ」
「まあ、堪忍してくれや。しかし勝麟太郎というのは、
 日本史上最大の大豪傑だぜ」
これは2人の会話を少し抜き取ったものですが、
どちらが、どちらかは一目瞭然でしょう。

重さんはいい人ですが、
たぶん、勝さんと竜さんとの会話は
まるで外国語でも聞いているように
まったく分らなかったと思います。

竜馬はその夜寝つけず、
国許の乙女姉さんに手紙を書いています。

「私などは運がつよく、なにほど死ぬる場へ出ても死なれず。
 自分で死なうと思ふても又生きねばならん事になり、
 今にては、日本第一の人物勝麟太郎と云ふ人の弟子となり」

僕が感動するのは、弟子となったことに止まりません。
弟子となったということが、一体どういうことなのか。
それが竜馬の行動となって、即座に現れることです。
僕は、そんな竜馬が大好きです。

司馬遼太郎氏はこのように描いています。

勝屋敷の裏門には、ひさしがついている。
その下で刀を抱き、ごろっと寝転がって、寝侍ノ藤兵衛にまわらせた。
(勝先生の弟子になったとはいえ、いまさら蘭学を学ぶ気にもならん。
それに先生の知遇に報ずる道もない。せめて夜警でもしよう)
怪しい影をみれば、飛び出す気だ。
竜馬は、惚れにくいたちであった。女にも男にも。
しかし惚れたとなれば、夜警でもやる、というところがある。

感動のシーンです。
知遇に報いるとは、どういうことでしょう。
たった1度会ったということです。
(勝先生の屋敷は無防備だ。たまたま、僕は剣術に少したけている。
だから、僕のできることは夜警くらいだな)とでも思ったのでしょう。
夜警くらいといっても、もちろん命がけです。

勝さんがうらやましい。そんな竜さんがうらやましい。
僕は、心からそう思います。