おばあちゃん

僕の渡米を何も言わず、理解してくれたのはおばあちゃんだった。
僕は、幼少の頃両親が共稼ぎのため、よくおばあちゃん家に預けられた。
つまり、僕はおばあちゃん子だったわけだ。
寂しいように思う人もいるかも知れないが、
僕は幸運だったと思っている。僕は、おばあちゃんが大好きだ。

おばあちゃんは信仰(浄土真宗)に熱心だった。
でも、僕はおがあちゃんから信仰の話を聞いたことがなし、
説教らしい、説教を聞いた記憶がない。
あまり話をした記憶さえないが、なぜが、今でもおばあちゃんの心はひしひしと伝わってくる。
あの眼である。深い深い憂いをたたえたような瞳と
人生を刻み付けた皺だらけの顔である。

僕が、渡米行きを考えている時期
おばあちゃんから寮(商船大学)へ経本が送られてきた。
何のコメントもなく、ただ経本だけだ。
僕は、意味が解らなかったが、
何だか温かいものを感じて、そのまま机の引き出しにしまった。

おばあちゃんは、僕の渡米の不足金を何も言わず出してくれた。
前にも書いたが、僕はアメリカで多くのことを学んだ。
人生で最も大切なものを得た。
僕が探していたものが、アメリカにあったと言っても過言ではない。
今では、おばあちゃんが僕をアメリカへ送ってくれたのだと思っている。

おばあちゃんは、僕がアメリカから帰国して亡くなった。ガンだった。
僕は、ガンの知らせを聞き、帰郷の準備をしていた。
九州の実家へ着いたのは夜分だったので、明日病院へ行く予定だった。
でも、その僕が実家に着いた夜分に、おばあちゃんは逝った。
行き違いとなったわけだ。
僕は、生きたおばあちゃんに会えなかった。
でも、不思議に悔やまれなかった。
きっと、おばあちゃんは安心して逝った気がした。

これまでも、そうだったように、心は常につながっていた気がする。
それは今も・・・
僕は、あの時におばあちゃんに会ったと確信している。
そして握手をして別れの挨拶をした。

おばちゃん、ありがとう!本当にありがとう!

おばあちゃん、ありがとう!