母への手紙



米国への留学を決意したのは、大学3年になった時だ。
将来が見えず、生きている手応えを失いつつあった。

思いつきにも似た米国への語学留学は、
周囲からは無謀にも見えたに違いない。

留学先はアラバマ州モービルという田舎町。
僕は、私立のスプリングヒルカレッジのDormitoryに入った。
ルームメイトは、コロラド出身のなまりのある英語だった。

週末には必ずといっていいほどパーティがあり、
僕はほとんど参加していた。
そんなことから、あっという間に友人が増えた。
とはいえ、英語の上達ははかばかしくなかった。
今でこそ思うが、よくコミュニケーションが取れたものだ。

やんちゃなアメリカ人が多かったが、意外な面もあった。
両親の誕生日などには、必ず実家に電話してお祝いを伝える。
などほど、グリーティングカードの文化なのだろうか。
ある時、隣の部屋の友人が僕に言った。
「両親の誕生にお祝いの電話をしないのか」と
僕は、はっとした。ほとんどした記憶がない。
というのも、九州男子の悪い習性で、
そのなことは「女々しい」とか、
「言わずともわかるよ」といった妙な意地がある。

ただ、同じ日本人に言われれば、「そうだな」と聞き流すところだが、
アメリカ人に言われ胸にささった。
まったくその通り。
以来、電話では恥ずかしいので、
とくに母親には手紙を書くようにした。
今では月1回ほどShort Letterを書いている。
写真など同封すると、殊に母親には喜ばれる。
これも、渡米に学んだ一つだ。