人は不思議にも
ささやかな、小さなことに心を動かすものだ。
心を動かすにも色々あるが、
じんわりと歓びが広がるのがいい。

自ら考えて、行動を起こした。
そのことに、またその行動の内容に、
「楽しさと 歓びと 意味を感じている」
そんな報告を受けるのが、嬉しい。
なぜなら、その行動にはすでに結果が見えているからだ。

「朝、漢文の音読を始めました
 何か1つ、覚えたいと思ったからです。
 脳の活性化にもよいようです」

その朝の音読を始めてから、すでに1年が過ぎる。
ようやく日課のようになってきた。
腦の活性化には確かにいいように感じるが、
それ以上に、心をシャンとするような効果があると思う。
悩みや課題が多く、瞬時も頭から離れないが、
音読の時間(わずか数分程度だが)は「無心」になれる。
不思議なことだ。

泳ぎを正式に教わったのは、小学生時代の担任の先生だ。
何事も正しく習うことが大事である。
水泳はフォームと息継ぎ。
息継ぎの極意は「我慢して、我慢して、息継ぎの瞬間に一気に吐くことだ」と。
そうすれば、水面すれすれでも水を呑むことなく、
吐けば、肺は自然に酸素で満たされる。

「無心」なれば、新しい智慧が下りてくる。
全ての道理は同じである。
それに、もう一つその担任の先生から教わったのは、
「音読すれば、目で読み、口で読み、耳で聞くから3倍の効果」ということだ。
もちろん、音読する漢文の内容も大事だ。

その効果はスロースタートだが、その広がりと、大きさは測り知れない。
まさしく「無量無辺」である。
農地の開墾にも似て、
毎日怠らずに耕せば、そこに豊の土壌が現われる。
それさえできれば、どんな作物も思いのままだ。
必ず秋の実りが訪れる。

だから「結果はすでに見えている」のだ。