なぜか。
ここ1~2年に出会う人とは、
「長い付き合いになりそう」、そんな気がしている。
現に、定期的にお会いする機会を得て、発展的な対話が進んでいる。
「小さなことでもよいから、
具体的な何かを一緒に始めましょう」と言われた。
確かに、その通り。
「また会いましょう」とか、「今度、食事をしょう」と言ったフレーズは
案外、誰もが経験する1つの挨拶である。
つまり、「長い付き合いになりそう」とは、そこが違う。
常に、話だけでなく具体的な何かが進行する。
それが面白く、より実感が伴うのだ。
きっと、出会う相手が大人なのであろう。
さすれば、こちらも少しは大人になったということであろうか。
さて本題は、そんな対話の中で聞いた
「やっぱり、人・モノ・金とはよく言ったものね」との1言についてである。
それは、順番を言っているのだ。
いうもでもなく物事には順序があり、それが大事なのだ。
まず「人」そして「モノ」、最後が「金」である。
つまり、人とモノの関係の方が近いということにもなろう。
特に日本人には、モノに対する感性が鋭い。
見失っている人も少なくないが、
たとえば、身近なモノを考えてみると
休日に洗車をする人を見かけることが多い。
せっせ、せっせと磨いている。磨き終えた後の、満足げな顔も印象的だ。
まず、海外では見られない光景だと思う。
自転車の場合もあろう。いやゴルフクラブ、釣り道具、壺等々。
ちなみに、若かりし頃。
なぜか、身の回りにあるモノから
言葉を掛けられているように思えた。
たとえば、電話器や電気ポットなどが「おい、随分と汚れたから綺麗にしてくよ」という。
そこで、拭いやると「おお、すっきり、さっぱりした。ありがとう」という。
そうすると、こちらも「すっきり、さっぱり」した嬉しい気持ちになる。
不思議なものだ。
そんなことが過ぎて、マジックでポットの気持ちを書きつけたこともある。
世界で唯一無二のポットになったわけだ。
或るプロダクターから、「開発ではモノの声に従っている」と聞いた。
最近では「もっと、私を使い切って欲しい」というのがプロダクトの声のようだ。
「もったいない」ということであろう。
通で、環境意識のプロダクトが増えてきたわけだ。
「人」と「モノ」のコミュニケーション方を知るのが、日本人の武器なのかもしれない。
「金」は後からついてくる。
ここ1~2年に出会う人とは、
「長い付き合いになりそう」、そんな気がしている。
現に、定期的にお会いする機会を得て、発展的な対話が進んでいる。
「小さなことでもよいから、
具体的な何かを一緒に始めましょう」と言われた。
確かに、その通り。
「また会いましょう」とか、「今度、食事をしょう」と言ったフレーズは
案外、誰もが経験する1つの挨拶である。
つまり、「長い付き合いになりそう」とは、そこが違う。
常に、話だけでなく具体的な何かが進行する。
それが面白く、より実感が伴うのだ。
きっと、出会う相手が大人なのであろう。
さすれば、こちらも少しは大人になったということであろうか。
さて本題は、そんな対話の中で聞いた
「やっぱり、人・モノ・金とはよく言ったものね」との1言についてである。
それは、順番を言っているのだ。
いうもでもなく物事には順序があり、それが大事なのだ。
まず「人」そして「モノ」、最後が「金」である。
つまり、人とモノの関係の方が近いということにもなろう。
特に日本人には、モノに対する感性が鋭い。
見失っている人も少なくないが、
たとえば、身近なモノを考えてみると
休日に洗車をする人を見かけることが多い。
せっせ、せっせと磨いている。磨き終えた後の、満足げな顔も印象的だ。
まず、海外では見られない光景だと思う。
自転車の場合もあろう。いやゴルフクラブ、釣り道具、壺等々。
ちなみに、若かりし頃。
なぜか、身の回りにあるモノから
言葉を掛けられているように思えた。
たとえば、電話器や電気ポットなどが「おい、随分と汚れたから綺麗にしてくよ」という。
そこで、拭いやると「おお、すっきり、さっぱりした。ありがとう」という。
そうすると、こちらも「すっきり、さっぱり」した嬉しい気持ちになる。
不思議なものだ。
そんなことが過ぎて、マジックでポットの気持ちを書きつけたこともある。
世界で唯一無二のポットになったわけだ。
或るプロダクターから、「開発ではモノの声に従っている」と聞いた。
最近では「もっと、私を使い切って欲しい」というのがプロダクトの声のようだ。
「もったいない」ということであろう。
通で、環境意識のプロダクトが増えてきたわけだ。
「人」と「モノ」のコミュニケーション方を知るのが、日本人の武器なのかもしれない。
「金」は後からついてくる。