手塚治虫氏の「ブッダ」を読んだ人は多いに違いない。
そこに描かれた1つの話に驚かされた。
詳細は覚えていないが、
1人の凶悪な殺人鬼が、1人の子ども助けてブッダの弟子となるもの。
過去にどれだけの人を殺したのか。
その罪は一生かかっても消し難い。当然のことであろう。
しかし、ブッダはいう。
「助けた1人が結婚し、子どもができる。
そして大人になり、また結婚して子どもができる
その連鎖の先の、膨大な人たちを助けたのと同じ」というものだ。
いささか屁理屈にも聞こえなくはないが、本当にそれがブッダの教えなのだろうか。
疑えば切がない。それに、手塚氏がウソを書くわけがない。
となれば、前向きに考えてみるほかない。
もちろん、殺した人数と助けることになる人数を相殺しているわけではなかろう。
ならばブッダは、人が生きるということをよく知っており、
その教えが、非常に現実的であり、前向きということであろう。
過去に犯した罪を数えても、またその償いに囚われても、生きていくことはできまい。
過去の罪を悔い、反省して、未来にそれ以上の「善をなせ」ということだろう。
その方が、生きていくにはすばらしい。
小善ではなく大善に生きよ。
過去を乗り越えて、大善に生きよ。
心ひとつで、人生はダイナミックに動き始める。
ゆえに大善に生きよ。
「大善」とは何か、命を育み、人のために尽くすことである。
もちろん、ブッダは悟りを開いたわけだから、
ブッダの教えは、つまり自然の法理でなければならない。
どんな人にも、心ひとつで未来は洋々と開けているのだ。