ハカリのイシダをご存知だろうか。
コンピュータスケールの開発で一躍、グローバル企業となった。
「一躍」といえば、語弊があるかもしれない。
今年5月の株主総会で社長が交代した。
どこでもある、親から子への世代交代である。
ただ前社長の石田隆一氏は、その社長職に42年と5ヶ月就いていた。
長いといえば長い。
「数年では社長職はできない」と、石田氏は言った。
昨年、インタビューをさせていただいた時の言葉だ。
特別に感慨深かったのは
社長職を辞する直前ということもあるが、
お父さんの突然の逝去で、社長に就任したのが1967年
それは僕の誕生年、つまり僕の生きた分だけ“社長”であったのだ。
その時「すごい」と思った。
それが、一言では語れない理由だ。
当時は淡々と話されていたが、
どんな思いで交代されたのだろうか。聞いてみたい。
インタビューで、後継の育成について聞いてみた。
「どんな不況下でも、教育費を削ったことなない」と。
後継の育成には注力している。
それでも、外圧も企業を育てる1つだという旨のことを言っていた。
「それは、あなたの役目でもある」と。
“あなた”というのは、マスコミということだ。
マスコミという言葉は好きではないが、
企業や社会、国が惰性に陥ったり
舵取りを間違えた時には、それを正し
正しい方向に導けということであろう。
個人であれば、我見に陥りやすい。
それを打破する自浄努力も必要だが、
自分以外を師としていくことも大事。
石田隆一さんが
42年と5ヶ月の社長経験から放たれた遺訓である。
とはいえ、まだ存命で、お元気である。
歳月だけでは、僕が石田さんを超える日はいつかこよう。
その時には、もうこの世にいないに違いないが、
何か言葉を贈りたいと思う。