バンクーバーでの冬季オリンピックが始った。
時おりつけるTV報道から、
選手たちの戦いの熱が伝わってくる。
メダルをとった人もいれば、
もう一歩のところでとどかなかった人もいる。
4年かけてオリンピックの出場を勝ち取った人たちは
実力迫仲、技術の差なんてほとんどない。
では、何が勝敗を決するのだろう。
久しぶり、まじまじとこんな事を考えてみた。
というより、世界トップクラスのモーグル選手が
決勝で転倒する姿をみて
「みな転倒を覚悟で限界に挑んでいるのだ」と、不意に思った。
当然のことだといえるかもしれないが、
勝敗はそれほど限界点に近い、微妙な差の領域にあるだ。
かつて、或るデザイナーから
心に残る学生時代の教師の言葉を紹介されたことがある。
それは「神になりなさい」という言葉だった。
誤解を招きそうな言葉でもあるが、
外国人教師だったゆえもあるだろう。
日本的にいえば、むしろ「鬼になりなさい」ではないか。
僕は、オリンピック選手たちの戦いに通じる大事な言葉だと思い出した。
まさに鬼神とならんとする、
最後の絶叫がレースの山場に聞こえてくる。
未知の領域に踏み込む、リスクは大きい。
だから、勝敗を単に運不運といってしまえば
それこそ神まかせである。
まさに鬼の形相が、神の微笑に変わる瞬間。
その刹那にメダルが掛けられる。
「たとえ転んでも、足がちぎれてもいいと思いました」と、
或るメダリストが言っていた。
「鬼に金棒たるべし」である。