ドイツの画家
アルブレヒト・デューラー氏をご存知だろうか。
歳はとっても、知らぬことがあまりに多すぎる。
まぁ、知らぬでも生きてはいける。
だが、生きているということは学ぶことだと思う。

「より良きものを作ることよりも
あることを非難することの方が容易いこと
 私は知っています」とは、
そのデューラー氏の言葉である。
思わず「私も知っています」と、うなずいてしまった。

『建設は死闘、破壊は一瞬』
分かっているようでいて
いざという時になると、なかなか実践できなものだ。
人間の性であろうか、それとも個の性であろうか。

デューラー氏は言う。
「苦労と仕事を重ね
 しかも生計を無視しながら
 多くの時間をかけて考案された私の考えが
 若者たちに伝えられれば
 彼らが喜んでそれを自己の改善に役立てることは
 疑いのないことと思います」

「時」を未来へとつなぐ
若者たちを信じられないのは
若者たちの問題ではなく
伝える僕たちの問題だということだろう。

当事者は愚痴を言わない。
いっても何も変わらないことを知っているからだ。
だって、自分がやるしかないのだから。
愚痴と批判は第3者がすることだ。

『大変であればあるほど、勇み立つ
 そして、人間のため、社会のために
 行動を起こしていく』

自分では見えないものを見てくれる
そんな師の存在はありがたい。

よっしゃ、そんな人にならんと思う。