分岐点 | 独学の道Ⅲ

独学の道Ⅲ

自分で自分を変えることは、到底無理なことかもしれないが、それに望む気持ちの自力論は高尚で偉大である。
仮にその結果が甚だ振るわなかったとしてもだ。
By幸田露伴(努力論より)

昨日、サスペンス名作選の内藤剛志主演のドラマを見ていて、

 

良いシナリオを作るなぁ~と感じつつ、最後まで見入ってしまった。

 

タイトルは「分岐点」。

 

労働の町で、兄弟の5歳の弟が転落死してしまう。

 

兄は母に見つけられると、取り上げられてしまう為、「絶対に見せるなよ、分かったか?」と

 

念を押して、弟に大事にしていた光る石を渡す。

 

母は、手首に巻く組み紐を編んでくれていた。

 

その石は、炭鉱の石だから山に返すから私に預けてと言って、母の編んだ組み紐と交換する。

 

石は関係者にお願いをして、山に返してもらう予定だった。

 

数日後、弟は組み紐を不意に落としてしまい、鉄橋下へと落してしまった。

 

それを取ろうと手を伸ばした瞬間に転落死してしまう。

 

兄は、弟に渡した綺麗な石を取ろうとして転落したのに違いないと勘違いして、苛まれるが、

 

それがきっかけで母は父に責められて、離婚せざる負えない状況となり、

 

子供を家督を継ぐ者として残したまま、

 

追い出される形で無言で去っていく。

 

兄は、無言で母が去る姿を目にして、弟に石を渡したことで、母が激怒し、

 

全てに信頼を無くして、自らが離婚して、出て行ったものだと勘違いをして生きて行く。

 

38年後に兄は刑事の一人として社会で活躍しているが、

 

とある事件の関係者聴取の仕事の中で40年ぶりに、生き別れた母との再会を果たす。

 

 

シナリオの最後で、自分が思い描いていたことは全て勘違いであり

 

現実は違っていた事を知り、38年の思い違いに後悔し、最後は母を赦し涙する。

 

 

「この38年は何だったんだ。何をしてきたんだ俺は」と社会的成功を収めてきた裏腹に

 

心は恨みや腹黒い思いで過ごしてきた戻らぬ38年に、今更取り戻せぬ虚構の恨みを抱き

 

また、それが原動力で、社会的出世をしてきたことに気が付き、愕然とし肩の力を下ろす。

 

 

 

この「分岐点」というドラマを見て

マジ卍で自分の人生に於いて照らし合わせて見てしまい、心が締め付けられる思いになってしまう。

 

誰しもが、「失敗したぁー」という人生の選択はしたことがあるかと思いますが。

 

「もし、もう一度あの時に戻ってやり直せたらなら・・・」

 

人生は選択の連続で、

 

どこで判断の誤りをしたのかも分からぬままに現在まで来てしまった場合もあるし・・・

 

「あの時が唯一の選択の失敗だったなぁ」という場合もあるだろう。

 

「時をあの時まで戻せるなら」今は違っていただろうなぁ。

 

という後悔というものを、人はどうやって乗り越えていくのだろうか?

 

ドラマを見ながら、主人公がその後どのように生きて行くのか気になるところです。

ドラマですから・・・汗

 

 

 

しかしながら、

 

人は人生の選択の失敗に気が付いた時、それをどうやって克服して、乗り越えていくのだろうか?

 

改めて気になってしまう。

 

 

キリスト教では、懺悔室に行き、過ちを話し、それを認める事を始めとするニコニコ

 

失敗をいくつも繰り返し背負いながら、後悔というもの繰り返しては重くして、

 

重荷に耐えられず、腰を曲げながら生きて歩む人もいることだろう。笑い泣き

 

 

そのように、無性に考えさせられる、心に強烈に訴えてくる良いドラマつくりするよねー。

 

今までは相棒シリーズで、毎回感心していましたが、

 

昔のドラマもいい作品作りしていたんだな~などと共感してしまいました。パー

 

 

人はどうやって、人生の選択の失敗を穴埋めするのか?うーん

 

人生の後悔を清算することは出来るのか?えー?

 

人生の重荷をどれだけ背負えば許してもらえるのか?えーん

 

 

 

という事で、個人的ドラマの感想を述べさせていただきまして、おしまいにしたいと思います。

 

ご覧いただきましてありがとうございました。お願い