By アドラー
他者は変えられないけれども、自分は変えられる。
という対人関係を説いた偉人であることは、もはや誰もが知る言葉ではありますが、
それを実践できないのが人間であり、誰しもの永遠の課題な訳です。
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失業、離婚、事故、病気、などなどのきっかけが発生する度に、
まずは、社会に対して、そして幸せそうな人に対して、恨み、妬み、羨み、嫉妬し
それらの外向的感情の矛先の次には、
内向的感情へと矛先を変え、外部との関りを遮断し、精神は貝となり、
誰ものいう言葉を聞かずに、自分を責め、しまいには見えない神との契約を行おうと奔走する。
小さい物事や忘れ去れえるものなら・・・
例えば再就職が出来たり、再婚できたり、事故からの怪我の回復が出来たり、
病気が治癒していくのならば、自ずとそれらの感情は隠れ去り、または忘却されたり
もしくは残ってはいるが意識の下の潜在意識へと追いやられて生々しさのみが失せた
モノクロな記憶へと残されたままとなり、意識の占められる面積は小さくなっていく。
時として、ショックなことがあったり、人をうらやむことがあったりしたときに、
過去に経験し、深層心理に押し込められた、それらの課題を思い起こしたりすることもある。
そんな時、課題を解決せずに時間だけを経てきた精神は、またもや大きな壁に直面することになる。
その壁は、実は自分が作り出しているもので、
ニーチェに言わせれば、それこそ「ルサンチマン」な感情であろうと、
不動直立で両手を大きく広げ、高々に語るであろうし、また
アドラーに言わせれば、それは「自分の課題」なんじゃないの?
と涼しげに机に向かったまま、頬杖をつきながら、我々に語る事であろう。
隣人と仲良くするのも、仲を悪くするのも、自分自身の感情をコントロールできていないものだから
相手が悪人面のように見えてきたり、そしてそれに関わると恐いような感覚が生まれ、遠のいてしまう。
しかし、もしかしたら自分が変わり積極的に前向きに関わっていく事によって、
関係性が変わっていくかもしれない、
それでも相手が変わらなかったとしても、自分の積極性と人生に対する前向きな姿勢が
生まれただけでも、大きく岐路を変えたという意味では、大収穫でもあろう。
人は、誰しもが困難に直面した時に、この課題を克服できずに、また両親や友人などでも
これらの専門家ではないのだから、誰もが解決できない。
それらしきことを言うかもしれないし、その時はなんとなく分かったような感じもして
騙されたような感覚にされるかもしれないが、多くの人は何となく乗り越えてしまっている。
何となく乗り越えて人生が終わってしまえばお慰みであるが、
私のように深く真理を追究したがる者にはつまづき、とかく引きこもりになりがちでもある。
そんな方々の為にも、言っておきたい。
自分は変えられると。
問題を小さく明確化して、それを一つ一つ、他人の目線を気にせずに分解していくと、
なるほど・・・な~んだそんな事だったのか?などと云うように事柄が理解できるようになる。
そして、それらを整理していくと、実は問題の真相が見えてくるのだ。
そのように客観的視野からの理解によって、
自分は、誰から見ても美しい眩しく見える人生という絵画を描きたかったのだと気づかされ、
そんな風に見ていると、逆に明るすぎるハイキー絵画よりも、
少し暗めのローキー絵画に興味も持ち始め、
薄暗い、または挫折した人生という絵画も、なかなかにいいもんだなーと認められるようになり、
自分の悩みという課題に肯定感が生まれてくる。
この肯定感が生まれた時が、人生の明けの明星を見た時なのだ。
ちょっとサンドイッチマンの言っている意味が不明な抽象的表現ですが、
そう思った時、自分の人生という絵画は・・・
今、どこまで進捗して書いているのだろうと、観てみたくもなるのだが、
残念ながら、それは見れない。
しかしながら、確信はある。
きっと油絵のように画面は凹凸が激しく、色はあまり混ざらずに赤色などの情熱の色よりもむしろ
フェルメールブルーのようにどこまでも涼しげな色遣いが多く、
心の中の平和を現わすように黄色もたくさん用いて、
自然を現わす背景の中に、愛という人間性を対象とした何かが書かれているのだろうという
漠然としたイメージだけはあるのだから。
出来うるのならば、額には永久電池で鳴るスピーカーが埋め込まれており、
ホルスト組曲「惑星」指揮カラヤン、ベルリンフィルハーモニー交響楽団の曲が
リピート再生されるなら、なお本望だ。
さて、そんな現代ロマン派の思考みたいな・・・
かっこよく言えば「令和ロマネスク調思考?」とでも言っておきましょうか?
↑
頭の中が心配です。
と勝手なことを語り、今日のブログはこれまでとしたいと思います。
皆さんの人生の絵画はどのような絵なのでしょうか?
可能なら、みんなの人生が描かれている美術館に行き、ゆっくりと見てみたいものです。
ではでは
ご覧いただきましてありがとうございました。
明日をお楽しみ! ←ウィンクすんなオッサンキモイ!