自分が何者であるか?
この禅問答のような問い。
アメリカで生活するうえでこれを意識するのは大切。
そして日本人には一番欠落しているところ。(そうじゃない人もいるけど)
アメリカで生活を続けていくうえでこれは長い目で見ると致命的。
相変わらず自尊心が低い。
試験に受かった今でもだ。
大人になってからアメリカに来たのでこれは矯正の余地あり。
RNとしての仕事を始めるまで少し時間があったのでカレッジに行くことにした。
教授と話をしていて英語に対する不安を吐露したら
Do you? Really?
と返された。
それもそうだ。実際にNCLEXに合格したのをこの教授は知ってる。
そこでハッ、と気が付いた。
アメリカは結果主義。
大事なのは方向性。
多少英語がまずくても結果さえ出していれば寛容な国なのだ。
自信がないのは”悪”とさえ言える。
最初にアメリカに来た頃はみんな自信満々で多少、ミスがあっても終わりよければ結果ヨシ、
というところに共感できなかった。
日本の考え方そのままに”プロセス”に重きを置いてさらに結果が出ないことに苦しんでいた。
人と自分を比べ卑屈になっていた。
英語ができない。
うまくいかないのはすべて自分の英語力のせい。
本気でそう思っていた。
同じアジア人でも近隣諸国の在米は結構強気で惚れ惚れする。
多少強引とさえ思える手段でも自分の欲しいものをつたない英語で手に入れようとする。
少し前の私ならそう言うものに対して嫌悪感を隠せなかった。
いまはその人の人生背景を考えられる余裕が出てきた。
同時に日本という世界でもまれな母国を誇りに思う。
日本にいれば大抵のことは人と争わなくても自分の努力次第で手に入るものがほとんど。
アメリカで生活する日本人にとって致命的なことは
自分は何がしたくて何を欲しているか、ということを意識していないことではないだろうか。
それは自分は何者であるかということ。
自分にとってNCLEXに受かったということは今の時点ではもっともなアイデンティティーだ。
例えばアメリカの4年生制大学をを卒業している事実があるのに英語ができないんです、というようなもの。
これは自分の努力に対する敬意が欠けているというもの。
謙遜、とはまた別問題。
ここアメリカで自信がない、実力がないのにできます!と宣言して結果的に何とかなってしまうのはすごいことだと思う。
実力がないのは陰でこっそり努力しているうちに追いついていく。
みんな多かれ少なかれそんなもんじゃないでしょうか。(うまくいかなかったときは悲惨ですが。。)
自信や方向性が評価される社会。
それなら当然自己肯定感が高いほうが有利に決まってる。
NCLEXに受かったということはそれなりに見られるしRNとしての実力も身につけないといけない。
英語ができない、という言い訳はもう通用しない。
それよりもどうしてRNになったのか、RNとして何をしたいのかを明確に持っているのがスタートかな。
自覚したときに初めて形になりはじめるような気がします。
後天的に自己肯定感を高める、これは結構大変。
これでますます日本に帰れなくなってきたような気がします。
(完)