すっかり日々の雑感ブログになってしまっている。

 

毎週、月曜日がくるたびに今日こそは!と念じても今日現在ナーシングボードから何の音沙汰もなし。申請から1か月以上、チェックが現金化されて2週間。今年はあと残り10日あまり。

 

仕事はここのところ忙しい。

仕事の合間にちょっと問題を解く、とか物理的にも精神的にも無理。

たまに薬剤部からINRが高いから薬ホールドするよ、(←親切な方の薬剤師)とか電話がかかってきてあわててチェック。あー、ほんとだーとなって覚える。現場にいる強み。やはり12時間勤務が3日とか続くとAppを立ち上げる気力もない。やるときはきちんとした手順に従って同じやり方でないと勉強できないASDの弱み。0か100かです。

でも意識して勉強につなげられるようにしている。

うちのステーションにはモニターがあるのでコレが3rd Digree AV Blockの波形か、なんて具合に。でもそこは2つのことが一緒にできない性質なのでなるべく今やるべき仕事にフォーカスしてるのでさっき見たのに、、、思い出せない!というのがパターンです。なんてめんどくさいんだ。でもこういう積み重ねが記憶の定着につながると信じている。

 

 

わが病院はいろんな患者さんが来る。

それこそ予定入院で保険がばっちりカバーする高度な手術とか、シェルターからきたホームレスとか。前者はもちろん本人なり配偶者、扶養者が一生懸命働いた結果の福祉の享受なのだが後者はいくら治療しても病院に戻ってきてしまう。戻ってこれればいい方だけどCPAで発見されて死亡確定のためだけに戻ってくる最期が多い。やりきれない気持ちでいっぱいになる。

 

なんだこの違いは。

 

簡単にいうと貧困、教育の差。

社会制度の歪み。

新しい政権になってもさほど変わるとは思えない。

 

アメリカの裕福層は半端なく裕福。(ほんと、パネェ)

その半端ないところが貧困層にしわ寄せとなってのしかかる。

悪循環。もっともっと掘り下げて考えることはいくらでもできるがブログの性質上やめておくが考えることはやめられない。

 

 

ESLに通っていた頃クラスにティーンのヒスパニック系の女の子がいた。年齢の割に大人っぽくそして美人だ。男子が放っておかないだろう。聞くとお母さんと2人で南米のとある国からやってきたという。父は出生前に亡くなっていて顔を知らないそうだ。授業の前と後にメキシカンレストランで働いている。あるとき、1‐2週間ほど授業に顔を出さなくなって久しぶりに戻ってきた。先生がどうしてこなかったんだ、と聞くと「友達が撃たれて死んだ。来週から裁判の証人に呼ばれてるからまたこれなくなる」といってクラスをざわつかせた。先生もさすがに絶句。

この子はこういう修羅場をいくつも潜り抜けて来たんだな、と自分が恥ずかしくなった。

いまはもう会うこともないけど元気で幸せをつかんでほしい。

 

いまありがたいことに病院でアメリカの医療現場を目の当たりにして働いている。

日本にいたころとは違う視点で、違う角度から社会を見れるのは幸せなこと。

実際にアメリカで生活しているから問題点も見極めやすいがやはりアメリカ社会の奥まで見ることはまだまだ時間がかかりそうだ。フードバンクやシェルターが病院のそばに点在している。おまけにこのエリアは以前より良くなったものの犯罪率が異常に高い。

 

通勤している車の窓からそれらを見るたびに思うことがある。

本当に医療を必要としている人は自分の働いている病院にはいないんじゃないか?

はやくRNになって経験を積んで本当に助けを必要としているけれど病院に来れない人の力になれないかなと遠い夢を思い描く。

 

将来はナーシングホームじゃなくてもしかして訪問看護か保健師かな?