ここのところ芸能人や著名人がASDやLDであるのをカミングアウトしているのが多く見受けられる。自閉症の種類もいろいろと分類されてきてありがたい。そもそも自閉症という日本名が何とかならないかと思う。なにかと誤解を生みやすい。
このブログを「ASD(LD)がNCLEX-RNに挑む」とかにはするつもりはさらさらない(笑)。
社会的コミュニケーションは後天的に学んで何とかなっている(空気を読む)が得意ではない。
ASDであっても後天的にコントロールすることを身につければ十分(?)に社会でも生きていけることができる。多少生きづらい感はあるけれど。
医学的に診断されたわけではないしたぶんよっぽどのことがない限り診断を受けるつもりはない。それに受けてどうする?自分を「障がい者」にしてそれに共依存したくはない。つらい時にはよりどころにはしているが。。(正直)
不便に感じること。
何かをしているときに電話がかかってくると何をしていたかを思い出すのに時間がかかる。
人とうまくいかないと「きっとこのひとは自分のことが嫌いなんだ」と思う。
急な変更(計画どおりにいかない)などで気分が落ち込む。
NCLEXの問題で自閉症の児童に関する問題のなかに「自尊心が低い」(正解選択)というのがあった。まさにその通り、と膝を打った。
いままで生きていた中でいろいろと振り返って今の置かれている状況を冷静に見るとASDに当てはまりすぎている。これからも自己研究していくつもり。
周りの人で気づいている人はほとんどいないと思う。
なかには英語が苦手だってことがばれないで過ぎて行ってしまうことさえある。
まあ、長く付き合えばボロは出てくるもの。
仕事上では英語がちょっと怪しくてときどき抜けてる人、というところか。
そこは几帳面さでカバーして今のところ何とかなっている。
このまましばらくはそう続けていくつもりだ。
BTW,
ASDが後天的にコントロールできる医療従事者って嫌(危険)ですか?