新たな旅 -8ページ目

新たな旅

"new kid in town"

 

 

 

 

最後に、日本の心友くんへ、「お知恵拝借メール」を送ってみた。

かの美声 ( 和製若きNeil Young風 ) を直に聴きつつ、こころの迷い話を聞いてもらいたかったのだが、あちらもあちらで、諸事情により忙しそうだった。

その忙しい合間を縫って、結局、いつものように、途切れとぎれのメールで。

 

 

余談その1。

日頃、スマホで、ローマ字入力日本語メールをすることがあまりないので、まあ、焦ったいことといったりゃありゃしない。

いやあ〜になるほど、鈍い、slow typistのわたし。

 

 

心友くんの長所。

一番感心させられる、そして、最も頼もしく思えて尊敬もしちゃう。

「ものごとを、簡潔に、完結できる潔さ」。

 

 

わたしの息子、娘、娘婿、三者全員一致の意見同様、3/ の選択肢。

2025年TAFE を大学正規入学前の基礎準備期間として勉強したのち、2026年シドニー大学へ入学すること、を強く薦めてくれた。

 

「全部、英語で学べるなんて、いいじゃん。」

「全部、英語って、、、確かに、、、そうだけど(笑)」

 

心友くんは、TOEIC 960 点のひと。

IELTS換算では、7.0 相当。

たとえば、シドニー大学 Bachelor of Science on Psychology への入学資格英語力基準を、軽く充しているということになる。

(オヌシ、デキルナ、イマダニ)

 

 

余談その2。

異なるテストの評価点数を比較する換算表があって、一概に断言できないけど、おおまかにそれぞれのテストの違いを要約すると、

TOEIC は日本国内でのビジネス・就職用、

IELTS はイギリス・オーストラリアなど英連邦系大学レベル以上を目指す学生用、

そして、TOEFL はアメリカの大学への留学希望の場合などに向いており、

これらのうち、目的別進路別に合わせた英語の実力評価テストを受ける必要がある。

そんな末端インフォメーションも、このたび初めて知った。

 

 

最終意思決定をする前に、なんていうかどうしても訊いてみたかった最後のひとりが、この長年の心友くん。

家族同様の気安さでこころ許せ、もっとも信頼のおけるひとの意見を聴いてみることは、わたしにとり、自分のことば、母国語で自分の考えの反芻、確認作業ができるとともに、ある程度、思考回路が(わたしと)似通っているひとだからこそ、それ(安心材料を与えてくれること)も可能だと思った。

(だよね?)

 

 

時間。

「明日にもあぶない情況・年齢・寿命」までには、まだまだ間があると思う(思いたい)けれど、実りある健康年齢の上限を、喩えば80歳と仮定すると、わたしの実年齢は、そうむきなるほどもう若くない。

事実は、事実として、淡々と受け留められる、こころの準備はできてるつもり。

若く見せる・見られる、ために「世間の(若がえりあれこれブーム)どんちゃん騒ぎ」には乗らない・乗せられない、どうでもよろしい。

だからこそ、それ(いつかコト切れる時)までの間に、できる限りのとりこぼしなく、やり残しのないように、そして最期には、にっこり微笑んで尽き果てる、そのための理想的な時間のやりくりができれば、わたしは本望です。

 

 

余談その3。

父の13回忌の今日。

彼方側でこんな娘のいろいろを、父は一体どう思っているだろうか。

訊けるものなら、訊いてみたい。

(なんとか、いってくださいな。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらでは、息子、娘、娘婿の3名。

娘婿の親友がたまたまシドニー逗留中にて、本来は番外のところだけど、身内も同然なので話の輪の中へ参加。

 

日本側は、叔母とわたしの長年の心友くんのみ。

わたしのこの度の大学受験について知る関係者は、以上6名。

 

シドニーの女子友達には、誰にも報せていない。(そのつもりもない。)

(わたし自身も同性だけど、だからこそ)女の口は、金輪際、信用できない!(と固く信じている)

つきあい年数だけは長いが、といって大の親友というわけでもなく、さりとて、長いだけに、互いに遠慮なく、裏も表も知り尽くしていて、そして、だからなのか、もっと「知りたがる」。

それは、まるで「ともだちなら、当たり前でしょ」ふうな、半強制的(という前科がある)。

「個人情報漏洩」に極度に神経質な、今時のふつうの日本人の感覚では、たぶんとても堪えられないレベル。

 

わたしは、頑なに口を開かない貝になることにした。

 

叔母は高齢(84歳)のため、意思決定したのち、結果だけを伝えようと思う。

 

 

自分へのおさらいとし、学修要年月と学費の概算。

 

1/ 早稲田大学通信制〜シドニー大学対面式 

3年( x 円) + 3年( x 豪ドル)=6年総合計約1000万円

 

2/ シドニー大学附属英語強化準備コース〜シドニー大学本科 

最長1年( x 豪ドル) + 3年( x 豪ドル)=4年総合計約7〜800万円

 

3/ TAFE 〜シドニー大学本科 

1年(免除)+ 3年( x 豪ドル)=4年総合計約500万円

 

 

息子は、最初から一貫して、選択肢 3/ を推薦。

母を想って、息子は、良かれと思うすべてを進言し尽くしてくれた。

(ありがとう)

 

娘は、我が身のこととして考えた場合、と前置きし、

「わたしだったら、対面式授業でないととても続きそうにないと思う。

 通信制は、結局、精神的に孤独で自分との戦いでしょう、きっと。」

 

つまりは、息子と同様の考えで、3/ の選択肢に賛成の一票。

優しい娘は、息子とは多少視点は異なるが、母の健康面も考慮に入れた現実的堅実派に変わりない。

(ありがとね)

 

婿殿は、まず確認の質問から。

Q「早稲田で心理学を勉強したいといってたと思うんだけど?」

A「あれは、志望動機書を書く上で筋の通ったシナリオが必要だったから。でも、元々心理学には興味あったし、万が一合格実現したら、ヒョンから駒、一石二鳥、かもと思って。」

Q「TAFE のことは聞いてなかったけど、学費免除って、それ、本当にそうなの?」

A「学費のことはね、わたしも驚いたのだけど、そうらしい。」

  「(TAFEの)インフォナイトで、あれよあれよという間に決まっちゃって、気がついたら、手続き全部すっかり終わってた!」

 

「じゃあ、もう、、、いいじゃん! その線 (TAFE) でいくっきゃ、、ないっしょ!」

 

(頼もしき婿殿!)

 

 

今この忘備録を記している間にも、まだきっちり決心がついたわけではない。

が、こうして、関係者(といっても、つまりはほんのひと握りの身内だけだけど)に、話を聞いてもらったり、逆に意見してもらったり、とする裡、そして、更に文字に書き興すことで、自分の考えの輪郭が、少しずつ見えてくるような気がする。

 

 

早稲田への回答期限まで、1週間弱。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「合格」

時差の関係でこちらの午後3時、使用説明通り、準備しておいたリンクをそっと開いた。

開く直前「どうぞお願い」と呟きながら。

なにに、何を、どう、お願いしたかったの?

 

受かっ(てしまっ)た。

本来なら、両手を挙げて喜んで良いはずの、嬉しい合格通知のはずだのに。

ここ2〜3日続く、曇り時々小雨、季節を不安定にさせる気圧のせいか、浮かない空模様にも似て、気持ちはとても複雑。

 

今週初め、シドニー大学から「出願申請書類受領メール」が来た。

同じ日、TAFEへ「入学手続き」もした。

 

日本の通信制大学なら、もしかしたら、わたしのようなシニア年代でも、社会人学生として受け入れられ、人生最後のチャンス、勉学の道がふたたび開かれるかもしれない、そう考えたことが、すべてのコトの始まりだった。

いろいろ調べてゆくうち、日本で取得する学位が、こちらの大学編入の際、有利になるとも判明。

学位取得に至らずとも、たとえ1年でもフルタイムで履修した実績が、編入出願時にかなり優遇扱いを受けることもあるという。

 

どの選択肢を採ろうとも、まずは現在の英語の実力を把握することが必要と考え、早速、IELTS を受けてみた。

シドニー大学入学資格に十分対応できる成績だった。

弾みがついたような気がして、ダメもと、シドニー大学へも、出願した。

いまの時点ではまだ、書類選考の判定結果待ち。

 

TAFE は、最後の切り札として、一応インフォメーションナイト、説明会へ参加し、とりあえず話を聞いてみることが目的だった。

主催者TAFE 側は、2025年度2月開講の入学希望学生向けの入学手続きを伴った説明会の場であった。

わたしは、そうとは知らず、なぜか最後の最後まで、うきうきどきどきしながら、勘違いをしていた。

 

だが、その晩の、その場の流れについつい調子よく乗り(良い意味で)薦められるままに学生登録完了。

各学生の needs に合わせた向こう一年分、前期・後期の時間割まで、その場で作成、決定。

あとは、

" See you on the Orientation Day in February ! "

 

なんだか、できすぎた話のようで、

インフォナイトの帰りがけ、

" Congratulations ! "

一瞬絶句するわたしを不可思議に案じた Head Mistress から、再度ことばをかけられた。

" You alright ? "

 

 

 

TAFE の Information Night で、すべてが変えられた。

いや、「わたし」が、すべてをひっくり返した、ようだ。

全面的に方向転換し、直近目標の変更を測った時点で、日本の大学経由のメリットが、あまりない、もしくは、無駄ではないがそれほど絶対的に重要でもない、学費面ではほぼデメリットだけであるかのように思われたことが、その大きな理由である。

 

もう一点のわたしの個人的重要案件「時間」。

わたしに「与えられた時間」で、やりたいことのすべてが賄えるのか、どうか。

 

シドニー大学は対面式、日本の大学は通信制であることは、最初から明白だが、学費面ではどちらもあまり大差ない。

更に「新顔」の TAFE は、全面無償。

わたしの場合、Permanent Resident のため、オーストラリア人と同等扱いの入学資格。

よって、学費は免除。

つまり、国からの税金で運営されている、この準公的教育機関 TAFE では、教材費等実費以外は、一律、どの学生にも一切経済的負担がかからない。(ただし外国人留学生の入学条件は多少異なる。)

 

わたしは、30年以上もこの国に、税金(義務)を納めてきた「準国民」。

だから、このたびが最も妥当に「権利」行使の機会であるのは、納得するところである。

大学入学目的、予備校的位置付けの TAFE で、向こう1年間、わたしは、充分にその恩恵に預かることができる。

 

時系列順に、合計学修期間のいろいろな組み合わせを並べてみると、

1/ 日本の通信制大学〜シドニー大学 3年+3年

2/ シドニー大学附属語学コース〜シドニー大学本科 (最長)1年+3年(conditional offerの場合)

3/ TAFE〜シドニー大学本科 1年+3年

 

以上の3種の組み合わせの実現可能性を考え、それぞれの学府へ出願、或いは入学手続きをした。

 

" conditional offer " とは、本科課程学修においてやや英語力不足と判定されるため、大学附属語学コース履修を推奨される。そののち、優先的に再出願資格を与えられ、翌年の査定材料として考慮される。

 

わたしの時間に対する懸念は、1/ が最も学修期間が長い選択肢であり、2/ と 3/ では、それぞれ計4年を要するが、費用面を加味すると、3/ が圧倒的に最も経済的であることが明らか。

これらの皮算用は、すべて順調にそれなりの満足な成績を修めることが必須前提条件であるのは言うまでもない。

 

 

現時点では、迷いと惑いの海に溺れかけている。

せっかく、日本の大学を一次通過、合格通知を手中にしたというのに。

 

(「日本の大学」というのは、実は「早稲田大学eスクール」のこと。)

(そして、あれほど時間をかけて作成した志望動機書は、ちょっとしたエッセイ擬きへ、書き下ろしてみたいくらい、よく書けていると自画自賛。)

 

このまま、この一次合格を放棄しても、果たして、ほんとうに後々に悔いは残らないのだろうか。

贅沢な自問自答。

その答えを出す期限は、11月26日火曜23:59(日本時間)sharp。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「TAFEの2年修了卒業で初めて、大学入学資格として繰り込める」

 

11月12日付の日記にそのように記したが、実はわたしの思い違いだったことに気がついた。

 

TAFE 2年コースというのは part time つまり、諸事情により full time コースを受講できない学生向けであった。

full time コース12ヶ月分の履修内容を、24ヶ月間と倍の時間をかけて受講できるよう構成され、だから、学費も full time コース12ヶ月間のそれとまったく同額、いわばとても良心的なコースと云える。

 

そうして偶然のことながら、今週半ばに Information Night が市中キャンパスで開かれると知る。

まるで、わたしの逡巡する胸の内を見透かしたかのように。

行くっきゃないっしょ。

行ってきます。

 

 

 

 

 

 

今週、まず日本の大学の一次結果が出る。

シドニー大学の結果は、まだ三週間以上も先。

 

どちらがどのようになろうとも、どちらにもご縁がなかった場合のことを考えてみた。

 

息子は、淡々と「来年も受け直すしかないっしょ。」

 

母は元来の現実逃避癖が、、「どこか(旅行)へ行っちゃう、とか。」

 

現実に即した考えの息子は(わたしの場合)大学の予備校的役目も果たすであろう TAFE (Technical And Further Education) を推薦する。まずは「再度学生として学校環境に慣れること」を目的に最初の1年くらいを「英語で」一般科目、その中でも特に、小論文の書き方とディスカッションスキルに重点を置いた勉強をするのが(現在のわたしの英語の力に)一番見合った選択だと云う。

これは、現役の学校の先生(シドニー大学講師)の意見として、非常に的を得ている。

だけど、TAFEの2年修了卒業で初めて、大学入学資格として繰り込めるので(このわたしの場合)来年3月の再検診でまた「クロ」と出たとしたら、わたしの病状は、そんなに(2年も)待てるのか?

 

ほんのあと数日で、一応の方向性がわかるのだけど、発表までのこの待ち時間。

どうにも、落ち着かない。

「ほんものの受験生」の気持ちって、こんな感じ?

 

 

 

 

 

いつもの一時帰国とかなり勝手が違う。

物見愚山ではないから、文字通り、蜻蛉返りになりそう。

一次書類選考が通って、二次面接へお呼ばれしたら、の話だけど。

 

婿殿始め子供たちは、せっかくの日本行きなのだから、ついでにゆっくり足を伸ばしてくれば、と言ってくれるが、ただでさえ、往復航空券は、一次結果発表をぎりぎりまで待ってからの購入になるため、もうほとんど、法外な割高料金確定。

毎週、週半ばにプライスチェックしているけれど、出発予定日が近づくにつれ、値段も、容赦無く、じりっじりっと上昇、その度に、心臓に良くない、はらはら、ストレス度も上昇。

 

だけど、どうかすると、ぽっかりエアーポケットへ、すっとんと落ち込んだように「残り一席」とか言っちゃって、例えば前日までの値段より、$200とか$300とか、突然値引き、安くなる日があって、「えっ?!」と思って、再度確かめようとすると摩訶不思議。

(あれはいったい何だったのだろう)、、、瞬時に消えていた、なんてことを何度も経験している。

わたしは「ゴースト・プライス」と名付けている。

まるで、購入したくても即できないわたしのもやもや、中途半端な立場を、どこからか高みの見物、よ〜くご存じであるかのような、まったくもう、ひとが悪いにも程があるでしょう。

 

一次結果がわからないうちの勇足に終わったら、つまり、一次不合格だけど、チケットだけは買っちゃった、って、余計に哀しいじゃないの。

そんな broken heart では、久しぶりの東京行きなど、堪能できませんことよ。

 

いらっ。

 

 

 

 

 

 

宣伝に偽りなし。

 

出願書類受付締切日を過ぎてから、ちょうど1週間。

息子と電話で話していたまさにその最中、日本の大学からメール受信。

「受験票を送付します、ご確認の上、要返信お願いします」

 

それこそ書類一式を国際エクスプレスメールで送ったまでは良かったが、こちらから、相手が受け取ったかどうかの「確認にはいっさいお応え致しません」と「剣もほろろ」の塩対応だったからこそ、受験票送付を持って、(あーたの書類はちゃんと受け取りましたよ)のお返事替わりと納得。

大学もお役所的対処法なのね、と改めての実態確認。

 

海外から応募のため、「受験票は(自分で)印刷(してね)、もしも二次面接の際(つまり一次通過したらだけど)必ず(忘れないように)携帯のこと」、経費節減策はここでも強制的ご協力の明記。

くどいほどにとても親切な但書きには、ひたすら感動。

でも、今からあんまり「その気に」させないでください。

万が一にも(半世紀ぶりに)再度「ぽしゃった」日には眼も当てられませんので。

 

電話の向こうの息子は、自炊夕飯の支度をしながら、

「良かったじゃん、これこそ、 giant leap 最初の大きな第一歩だね。」

要約「何もしなければ何事も始まらない」。

そりゃそうだわな、そう教えたのは、きみの母さんだったじゃん。

 

一次発表まで、残り一週間を切って、少しどきどき。

 

 

 

 

 

 

 

出願手続きを終え、ひと段落。

今は稲穂の収穫期までの閑散期。

それぞれの大学からの審査結果待ちは、殊の外手持ち無沙汰と知る。

 

通常の(全日制)大学入試と異なり、一次は書類選考のみのため、あまり「まな板の上の鯉」的、はらはらどきどきは感じない。

そんな若々しい新鮮な感覚、感じ方が懐かしい、と感じるようではいけないけれど。

それとも単に、元々の鈍感な性格のせいなのか。

はたまた、歳の功という、何事へも既視感に包まれた妙などっしり感?

今更、ジタバタの仕様も、し甲斐もないけれど。

気分はまさに、家康「啼かぬなら鳴くまで待とうほととぎす」。

 

心配のしすぎが、いかに身体によくないか。

健康に関し、どこも故障などなかった身体、だった筈だのに、神経の過敏過剰反応により免疫力低下。

そうすると身体は、自己防衛能力を自ずと発動。

どこか身体の一部を犠牲にし「外敵」から、残り99%を死守するらしい。

 

今年初め、あるrouitne check-up 定期健康診断の一種、を受けた。

オーストラリア、ニューサウスウェールズ州では、(確か)40歳以上の女性は、2年おき(現在では5年おき)無償である種の健康診断を受けることができる。

検査に必要な生体サンプル採取が、去年あたりから自己採取方式も採用され、しかも郵便で送付、結果はメール配信と、検査方法手続きそのものが飛躍的に簡素化、便利になり、特に若年層女性には歓迎されている。

それまで、毎回GP (General Practitioner)による、いわゆる内科医を通してのみ可能だった「生体サンプル採取検査方法」が省略されたことは、人件費削減、医療負担削減とともに、被験者数増加への期待による疾病予防効果促進が主眼と、素晴らしいことだらけ。

わたしも主治医に勧められ、早速自己採取方法を試してみた。

しかし結果は、まったくの予想外。

主治医でさえもがっかりした「残念じるしのぺけ結果」。

嘗て「クロ反応」は出たことがなかったのに。

 

この免疫性疾病の原因は、人体接触のみによって起こりうることから、まずその原因を作らないことで予防できる。が、心因性ストレスによる免疫力低下時接触感染の場合、ストレス自体が多分に発症原因に寄与、関与することもあり得るらしい。

一体いつ頃が免疫力低下時期であったか、また感染の自覚があったのか、本人はいたってほぼ無自覚。

だから諸条件を鑑み、確信的診断をくだした主治医へ、わたしは絶大な信用を託している。

 

つまり、今の現況は、あまり理想的ではないといえる。

大威張りで宣伝するような(受験による)ストレスがどうと、いうことではないだろうが、健康であり続けるためには、何よりもストレスの原因はないに越したことはない。

 

「逆も真なり」

むしろ、そんな健康不安払拭、忘れるがために、毎日の暮らしの中に何か新たな目標を掲げ、その目標に向かい努力すること、で気を紛らす、そのついでに何かの物事を達成できるかもしれない。

それが、このとんでもないお門違い(だったかもしれない)「大学受験」が、当初の動機だった。

 

考え過ぎないこと、が一番。

だが、もしこの懸念される疾病に罹患していた場合、進行具合によっては手術が最も手っ取り早い当面の解決策で、最悪は、死に至る危険性も孕むと云われるが(自分に限ってはまさか)。

今のところは、相変わらずの楽天視。

 

(だから言ったんしょ)

(それほど大袈裟に考える必要など、どこにもないって)

(まだ「そうと決まった」わけじゃないだから)

 

そう信じたい、つとに。

 

ただ、ひとつだけよく知られていることは、疾患の場合、その病状の進行状況が、通常、意地が焼けるほどのなめくじの歩みのようにのろいことだそうだ。

時と場合、ひとによっては、発症までに数年もかかる臨床例もあるらしい。

 

当面は、来年3月の初回再検査まで、ひたすら、の〜んびりとした気分を維持することが最大の治療予防法。

元々これほどのんびりしたわたしが、さらにのほほ〜んとのんびりせよ、って、想像以上に難しい。

 

「ひとさまのおっしゃることなど、わたしなんぞにゃいっさい関係ござんせん」的でかい態度は、すぐとれるくせに、お医者のおことばに対しては、金輪際、決して絶対的に逆らえないわたし。

 

娘と息子にはまだなにも報らせてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半世紀以上も前のわたしの英語の実力。

即物的に、はっきり記載されていた。

 

薄々分かってはいたことだけれど、も、今更ながら、に、実に情けなくなるチャチな、実力とも言えない英語の成績は、無機質な数字と英文字で表記されていた、評価表という名の埃に塗れた診断書。

完璧主義(の自分が自分に対する上から眼線)視点に於き、自分を見下げおろそうとも、どうしようとも自分の勝手だが、そんな姑息な屁理屈は、単なる自己卑下に附随した自己憐憫で終わる奈落の底。

将来へ繋げる発展的意義も見出せず、現実的解決方法論の一助にもならない、、、などと、相変わらず難しく考えたがるわたしのいつもの悪い癖は、単にやくざな評論家まがいの感想に過ぎない。

 

(こんな成績しか採れなかったのか)と、今更のように悔しがってみようとも、

「時既に(半世紀も)遅し」。

英語だけは(わたしこそはクラスで一番、ライバルの親友くんは二番だった)。

あれは、大ボラも、大ぼら、嘘つきは泥棒の始まりだ。

 

しかしながら、そんな半世紀も前の全然大したことない成績証明書を眼の前にして、がっかりしたのも確かだが、まるで他人事のように妙に冷静に受け止めている自分もそこにいた。

「分を知れ」

「恥」ではない。

なれば、当初の目的通り、現時点での自分の実力を知る意味で受けたIELTSの試験結果同様、情報源のひとつとして事務的処理、右から左へ申し送り、つまり出願書類の一部として提出、それで一連の手続き完了で良しとしよう。

 

 

ただ一点だけ自己弁護をするならば、あの頃の若いわたしは、鬱から立ち直りかける方法とし、「英語の勉強」が、その手段だったということを、忘備録に加えておこうと思う。

聞きようによっては(まさか)と眉唾ものにも聴こえようが、わたしは大真面目だった。

父から「一度限りの経済援助」と宣言され、つまり、一発勝負でダメならそれっきり。

「あとは自分でどうにでもすること」、他力本願は許されない状況。

そんなこんなが、さらに精神的に追い詰められていった理由だったことも事実だった。

が、だからと言って、父を恨めしく思う気持ちなどさらさらなかったし、それは、わたしに与えられた唯一の環境であったに過ぎない。

当たり前のように、一浪、二浪の機会を与えられていた同級生たちもいたが、そのことに対してもまた、羨む気持ちもなかった。

その点「他人は他人」、他人と比べてどうのといった意識を元々持ったことがないのが幸いしていたのだろう。

鈍感は鈍感なりに、己の繊細さを守る術を自ずと身につけるものである。

 

 

それにしても、(B+)ってなによ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の大学へ提出する出願書類のうち、最終卒業校発行、封印された卒業証明書と成績証明書添付必須。

この「封印された」というところがミソ。

つまり(日本の)役所感覚と同じなのか(多分そうだろう)、封印なき公書は(不正)とはいわないまでも、効力なし、受領選考対象にはならないということらしい。

だから、証明書入り国際エクスプレスメールが届いた時、単に封筒を開けるだけなのに、何か悪事に加担したような気がして、少し気後れがした。

「またしても気が変わらないうちに」右から左、それっと、送ってしまおう、封印されたままの公書を。

 

母校事務局へ問い合せた際、

「卒業時に「成績表」が、各学生に発行されていた筈だったと思われます」との仰せ。

当時のわたしには、さして重要な意味を持っていなかったため、成績表の中身は無論のこと、受領した記憶さえあやふやだった。

初回、右から左へと、日本(母校)〜オーストラリア(現住所)〜日本(志望大学)と、海と空を超え旅したわたしの成績証明書だったが、なんとシドニー大学へも同書類を提出する必要に迫られ、再び発行依頼。

 

(どうして初回にまとめてできなかったのでしょうか)

(手際の悪いことと言ったら、まったくもう)

 

しかし、この度は、PDFフォーマットの添付書類としてダウンロードする必要があり、従って、日本式封印された公文書扱い、は、逆に不要となるのだった。

 

割印入り封書開封時、またしても要らん罪悪感を感じたのは、まるっきりのお門違いか、それとも根っから気が小さい?

実は、その昔の現役大学受験の際にも割印破りをしたことがあった。

あの時は、志望校二校のうち、一校は高嶺の花と最初から自信がなくて、それでも諦めきれないヘタレは、書類を準備までしたのは良かったのだが、最後の最後でやはり、cold feet 、出願を取り止めた。

そのため、成績証明書の一通が嫁入り先を失う憂き目に遭った。

目的を失った文書はごみ同然。

それが開封、割印破りの所業に及んだ理由だった。

だから、

「またしても気が変わらないうちに即座に右から左へ送ってしまえ」。

 

 

(つづく)