代講教師関連で、声高に言いたいこと、代講教師の質。
Michael の代講 Mark は、TAFE仮契約教師と言っていた。
試用期間中のためか、可もなく不可なく「丁寧に仕上げた仕事ぶり」。
つまり、学生から苦情が出ない程度「中庸路線」を徹底駆使。
これが一番無難とばかりに、本教師から依頼された押さえるところは押さえ、余白は「自分の技量」「個性発揮」で埋める。
そういう意味では、彼の、香港在住中、地元高校で ESL 教師15年の経歴に充分納得がゆく。
また、これが代講教師の目指すところではないだろうか。
あくまでも本教師の代わりで学修補助的指導の立場ではあるが、学生にとっては、本教師であろうが代講であろうが、学生自身の学修本来の進め方に澱みを生じてさせてはならない。
ところが、昨日 Elizabeth の代講 David は、明らかにその代講教師のあるべき位置には、残念ながら見合わない教師だったと言える。
授業出だしで、自己紹介するのは良いとして、
「君たちの名前は今日一回こっきりの授業では覚えられないから、承知しておいてくれたまえ」
冒頭いきなり、まるで「やる気のないことを表明」しているかのような発言。
クラスきっての、「口出したがり屋」例のアンポン・タリバンはいつもの調子で、David が何か一言講釈を垂れる度に、悉く「茶々を入れる」ものだから、この老年イギリス人代講教師は、その都度、顔をくしゃくしゃにしつつ、銀縁鼻眼鏡越し、一段と声高に、
「君ね、僕が話している間は、静粛にしてくれたまえ」
「教師が話している間、言葉を挟むのは、失敬だ、けしからん」
「僕は昔気質の教師でね。学生から、ああだ、こうだと話の腰を折られるのは、大変不愉快」
最初のうち、このやりとりを見聞きしていたわたしは、内心拍手喝采。
アンポン・タリバンもそれなりに歳を喰っているので、少々のことを言われたぐらいでへこむことはないが、それにしても、実際にビシバシ、容赦なく叱責してくる教師には逆らえないと見え、遂に萎んだ風船のように、黙りこんでしまった。
そうして、この老年教師の説教のような、学生としてはまったく学ぶ中身のない(個人的な)同じ話の繰り返しが、授業開始時から1時間ばかり続いたあたりで、なんとアンポン・タリバンは、荷物をまとめ、教師には何も告げず、さっさとクラスを後にした。
(その気持ち、わからなくないけど。)
何かにつけて、話が逸れに外れての大脱線。
おかしくもない箇所で、本人だけで完結するオチと、独特の高笑い。
豪では英国贔屓で有名だった、某没コメディアンを彷彿とさせた。
が、決定的な相違は、代講教師のそれは、ちっとも笑いのとれない惨憺たるチア。
幾度も幾度も、同じことの繰り返しだけでも、辟易というのに。
そしてまた「レベルの低いクラス」という(教師自身の)先入観から、学生をかなりみくびっているのではないか、とさえ思えるような、そんな誤解を受けても致し方ない、教師にはあるまじき発言まで飛び出す始末。
ある Mainland China 中国本土出身、年配Chinese 学生が何か質問をした。
するとあろうことか、教師は、質問の内容ではなく、その学生の話す英語自体に対し、
「君の英語がわからない、今なんて言ったの?」
隣の席の学生に「通訳できるか?」とまで尋ねていた。
このあたりで、ほんの少しだけ「教師経験を齧ったことのある」わたしなどは、すっかり、怒り心頭、批評家モードへどっぷり突入。
「ESL 教師」が聞いて呆れる。
「この程度のレベルの学生」は、長年教えてきたから、裏も表も充分知っとると豪語。
その割には、正味約3時間半の授業で、得るものが皆無だったのは、どう釈明してくれよ。
そしてこれは、わたしだけの、個人的感想ではなく、ほぼクラス全体の意見として妥当であった。
(と、翌日の今日、大多数賛同す。)
その証拠に、皮肉なことだが、アンポン・タリバンは、「時間の無駄」waste of my time とばかり、さっさと見切りをつけ、授業の途中で帰ってしまったのだから。
また、講義型教師にありがち高飛車な態度、いわゆる上から目線にもかなり疑問。
「君たちのやってることなんぞ、まだまだ序の口だからね」
「全然たいしたことない!」
"It's NOTHING !"
「大学ではこうだから」
「大学へ行ったらそうはいかない」
(あのね、ここTAFE は、大学志望の学生にとっては、確かに予備校的側面もあるけれど、『この程度
レベルの学生たち』にとり、全然、関係あらへんねん、あんたさんのゆうとること。)
'HIt and Miss' . . . 当たりと外れ
箸にも棒にもかからない、完全なる、ハズレ代講教師。
願わくば、Don't come back to our class !