新たな旅

新たな旅

"new kid in town"

 

 

TAFE 自体、Easter Holiday へ入る直前、英語科教務主任から(予告済みの)書類がメールで送られてきた。

「サインして送り返してくれれば、手続き完了だから」

そのように面談の際、指示を受けていたので、早速そのようにし、メール送付しておいた。

 

その書類は、要するに、向こう1年間健康上の理由による休学届。2026年2月を目処に、進退の届出を留保するもの。細かい文字で記載された条項をよくよく読んでみると、それから、さらに8週間つまり2ヶ月間まで、意思決定延長可能、事実上、2026年4月までの休学が認められたことになる。

しかも、教務主任は、最初にTPC(Teritriay Preparation Course for Further Academic Study) 大学入学目的のコースから撤退したと(自主的に)考えていたわたしの意思に反し、そのコースからは、あくまでも一時休学扱いということにしていてくれたことを、この時点で初めて知った。

 

ほぼ八割がた、政府給付の非営利教育機関であるTAFEでは、予算の限られた中での、また非英語圏からの移民を主体とした教育機関でもあることから、個人レベルでの「勝手な都合」での入・退学が一番頭の痛いところらしく、依って、あるコースを一度放棄した場合、同一人物による同一コースへの復帰は認められないとする新規約が施行されたばかりらしい。これもひとえに市民の税金で賄われている(そうわたしもその納税者の一人です)ことを鑑みれば、当然のことでもある。

故に、わたしの場合、教務主任の一任で、病欠理由を前面に(わたしの)在籍保留扱いにしてくれたことに、改めて感謝。

この先、健康状況が恢復し、勉学復帰可能となるかもしれないし、またそうはならないと、今現状時点ではなんともいえないが、とりあえずの将来的選択肢を残してもらえたことは、とてもありがたいこと。

 

兎にも角にも、短期間ながらも、精神的ストレス状態にあったことから解放されただけで、気分的にかなり負担軽減になったのは、言わずもがな。この先どうなる、どうしたいは、ケセラセラ。無理強いはしません。またする必要もないお気楽身分であることもありがたく思っています。

すべては、来年初頭に予定の定期検査結果次第としておきましょう。

それまで、規則正しい生活と食べるものに気をつけて、などと、当たり前のことが一番大切であると改めて身に沁みています。

 

 

 

 

 

わたしにとっては自主的な意味で、全コース最終日だったが、クラスメイトたちは、まだ水・木・金とあと3日ある。

ところが、金曜の reading クラス教師が、どうやら教師都合キャンセルしたらしい。

クラス連絡網を通じ、すでに告知した模様。

って、わたし、またもや、mailing list から漏れている。

今日のクラス休憩時間に、そのことを小耳に挟まなかったら、no show 知らずで、まともにクラスへ出席していたかも知れなかった、、、って、ありですか。

 

金曜の教師は、なかなか誠実で他のクラスメイトにも「静かなる」好評を得ていた。

だから、すでに withdraw を決めているわたしとしては、礼の一つも言わずに、この教師のクラスを辞めることに、多少後ろめたさを感じていたのだが。

金曜の代講教師が、過日の残念な、例のおざなりイギリス人教師と聞いた途端、(まっ、いいっか)とわたしもおざなりさよならすることにした。

 

一期一会。

縁があったといえば、あったし、なかったといえば、なかった。

そんな程度だったのね、きっと。

 

 

 

 

 

TAFE 最後のクラスは、Speaking クラス。先週の積み残し組のAssesssment の日でもあった。

わたしもそのうちの一人で、ペアを組んだのは、例の自称27歳コンゴ人女子 . . . acts like a 50 year old woman sometimes, her mind works like a 17 year old kid, though . . !!!

 

彼女の口癖 ”I have α quesiton !"

クラス一同 ('HERE WE GO AGAIN !') . . . (またかいなあ!)

(常に要点のはっきりしない質問ともいえない、なんでもかでもにとにかく何か言いたがる)

 

わたしが話し手で、彼女が聞き手役。

わたしと組む人は誰でも当たりくじ。なぜなら、わたしは、どちらの役でも、結局、会話の主導は歳の功が勝る、と誰もが認めるところ、そして、無事拍手喝采に終わる!

 

わたしとコンゴ人女子の(ほぼ漫才のような)掛け合いの直前、実は例のクラスの問題児・要注意人物、アンポン・タリバンだった。彼が話し手役で、聞き手役は韓国出身の几帳面女子。(5分間ロールプレイ終了時間を報せるタイマーをセットしていた!)

 

先週、あんぽんたんは聞き手役だったのだが、会話の主役である話し手を差し置いて喋りすぎる、と注意された。だが、今日は、何を勘違いしたのか、単なる「カジュアルお喋り風」に終始。会話テストという大前提のもと、会話牽引役として、いわゆる assessmnet criteria がまったく満たされていなかった。そのように判断した教師は、親心から、再度2分程度のやり直しを要請、second chance を与えた。せっかく与えられたセカンドチャンスなのに、なんと、あんぽんたんは、まるで駄々を捏ねる幼児のように、

 

"I'm not gonna do it again.  This is it!”  

「もう一度やるなんてとんでもない。これでどうにでも!"

 

(「どうにでもしろ」とは言わなかったけれど、そんな意味合いの口調。普通は、教師に対してでなくてもありえないかなり失礼な言い方)

 

"No, I've done what's required to be doing." 

「ちゃんと、(査定)基準を満たすようにやった。」

 

(彼の英語は、文法的に間違いではないが、まったく状況に相応しい表現ではない、特に教師相手に)

 

誰の目にも明らかに upset 気分を害されたとの、被害者意識丸出し、怒るあんぽんたんが見てとれた。

 

あんぽんたん「僕は会話を楽しむために、エンジョイするロールプレイをやったんだ」

教師「これ、一応テストですから、君の言っていることはちょっと次元が違うと思うのだけれど。」

 

クラス一同、ポカン。

(えっ? いい歳したオジサンが、なんか急に怒りだして、どうしちゃったの!)

皆、互いに顔を見合わせる。

(なにこれ? ここって、教師に喰ってかかる場面?)

 

教師は、咄嗟のことに一歩引かざるを得なかったが、そこはプロの教師、というより、大人の対処。

 

「気持ちを落ち付けたかったら、ちょっと教室の外へ出て、深呼吸でもしてこようか?」

 

アンポン・タリバンは、まさに駄々を捏ねる子供のように聞く耳持たず、さっさと帰り支度をし、授業中途で勝手に教室を後にした。

 

わたしには、あんぽんたんの言い分が、ある意味でよおうく手に取るようにわかる。

この「わからずや親父」(と評して良いと思う)の性格は、もともと何か自分の思うようにことが運ばないと、いわゆる throw a tantrum 人の迷惑も考えずに癇癪を撒き散らし、すべては「周りが悪い」と人のせいにするタチ。

だから、この場合、教師はあくまでも教師の立場で、学生にこうしたらもう少し良いと思うのだけれど、と、極々当たり前の、良心的なアドバイスと共に、総合評価値を少しでも良くしてあげよう、そのための second chance をあげようと勧めただけなのに、それを、まったく、個人的レベル、個人攻撃と受け止めたアンポンタンが、大人気ないのは、明々白々。

これだから、matured age student 社会人学生は扱いにくいと、たった一人のこのような分からず屋のために、教師間で評判が negative になるのも致し方ないのでしょう、って、わたしなど、同じ category なので、まったくのいいトバッチリなんですけど。

 

だから、クラス初日、この輩との間で起きた、わたし自身も経験(させられた) incident は、起こるべくして起きた、避けられない事件だったと今更ながら至極納得。こういう問題成人男子は、幼児なんぞより、よほど始末が悪いことの最たる例として、きっと誰の記憶にも残ることでしょう。

最少18歳から62歳までの社会人クラス全員の面前で、恥ずかしくないのでしょうかね、こんな子供じみた behaviour 態度を曝け出して。聞けば成人一人娘の父親らしいけど、奥さんには逃げられた由。それも納得の事実かも?!

 

クラス終了時、教師へひとこと進言しようかとも思ったが、やめておいた。

教師も明らかに、このような展開は予期していなかったようだが、プロの対処、過去にも「扱いの難しい社会人学生」の数多を扱ってきたことだろう。

わたしごときのつまらない incident 披露には及ばないと判断した。

 

やれやれ。

もうこのような、くだらないこと(対人関係)に、無駄なエネルギーを費やすことも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜 Listening と火曜 Speaking は同一教師による Semester 1-Term 1 最後のAssessment。

Assessment は受けても受けなくてもどちらでも良かったのだけれど、for the sake of the class teacher's 教師の成績査定、事務処理上、切りよく受けておこうかと思い、いつも通りクラスには出席。既に自分としては無期限休学のつもりなので、これが最終クラス。

 

帰りがけ、隣の教室で元のクラスメイト、Dean と廊下でばったり。あちらはこれから午後の部のクラスへ戻るところ。

TAFE へ入学してから、おそらく唯一 Classmate としてまともな会話ができる人だったと言えると思う。

アフリカ、ザンビア出身、3〜4人いる兄弟の長男として10歳くらいの時に一家家族移住、豪へ帰化して40年。その間には結婚もし、自分自身の家族も持った。数年前にその長年の連れ合いを癌で亡くし、また、年齢的にはわたしよりひとまわり半も若いのに、若い頃の無理が祟ったらしく、膝に故障があるそうで、waiting list の手術待ちだとか。

matured age student として、12ヶ月間のTPCコース終了後、大学入学を目指している。

初心の志が一緒だったせいか、年齢差を超えて、話が弾んだ貴重な仲間。

 

Dean「君だったら(TPC)続けられたんじゃないかなあ。」

 

コース変更してから、二、三度立ち話する機会があった。その度にいかに自分で選択したにも関わらず、(コースレベルが低すぎて)「退屈だ」「まともに英語の通じるクラスメイトがいない」「いじめに遭った」とか、そんなつまらないことを溢すと、親身になって聞いてくれた。

Dean のような我慢強さ、そんなところが足りないのがわたしの最大の欠点かもしれない。

 

「体力がついていかれないのだから、無理はできないの、残念ですけど。」

「でも、Dean、あなたはわたしの分まで頑張ってね。」

 

Academic Writing Skills の基礎中の基礎を学べたことが、最大の収穫。

これ以降は、自分のペースで、原書(英語)での読み書き、独学を続けてゆこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニューサウスウェールズ州では、4月12日から、それこそ小学校から大学に至るまで、どこの公私立学校の学生も教師も、待望の Easter Breakと重なる2週間の春休みが始まるのが、待ち遠しくてたまりません。

わたしもこの2週間の Break を目指し、頑張ってきました。ですが、どうやら、初心の志半ばにして早くも「これまでか」と逡巡しています。

 

元々、懸念を抱えていた現在進行形の健康状態が芳しくありません。年頭にあたり心機一転、学業再開の道へと志したのは良かったのですが、まさか、それ自体がストレスへの上乗せになるとは、予想だにしませんでした。芳しくない健康を恢復させるための必須条件、それは、極力ストレスを軽減すること。依って、勉強に打ち込めば打ち込むほどストレスを感じることにより、身体的恢復へは逆行するという、謂わば本末転倒の状況に陥ったわけです。

一応、Semester 1-Term1 の区切りの良いところまではなんとか持ち堪えました。Academic Writing Essay Skills について、ある程度目標としていた成果が得られたと思いますので、英語教務課主任に相談の上、今のコースから少し離れて、休養することにしました。

はじめは、「撤退」を希望したのですが、主任の話によると、一度コースから Withdraw 離脱すると、同コースへの将来復帰は不可能(他の学生との兼ね合い)(waiting list の学生あり)なので、6〜12ヶ月の期限付き「一時保留在籍(休学)にしてみては?」と勧められました。理由が medical issues によるものなので、わたしの場合、寛大措置適用対象者のようです。

どのみちすぐにコース・学業復帰となる可能性は低いのですが、選択肢を残しておき、万が一の将来へ希望をつなぐことを有効にしておくのは、そう悪くないと考え直し、勧めに従い、一時休学扱いをお願いしてきました。

 

ずうっと遠い昔の過去、学べる機会が与えられていた時には腐るほどあった体力。でも、ちっとも有効活用しませんでした。

現在は、学ぶ意欲満々なのに、それについてゆける体力が減退、減少し、残念ながら、気力も自ずと萎んでゆくのが現状です。

学校での対面式受講では、物理的移動、通学自体が既に精神的体力的負担が伴い、それもストレス最大の一因です。学修意欲そのものはまるっきりゼロになったわけではないので、少し落ち着いたら、オンライン受講の可能性も模索、検討してみようと思います。

今はとにかく、少しゆっくりしたいのが正直なところです。

「学生になること」で、生活の基盤自体はかなり規則正しくなりました。が、食時時間が、かなり不自然な時間帯(5時起床朝食なし・15時昼食・19時軽食・23時〜就寝)へ変化させざるを得ず、そのせいか、微量ながら体重が1.5kg減りました。喜んで良いのやらどうやら、か、か、かなり微妙です!

 

 

 

 

 

 

 

昨夜なからの時刻、reasonable time of last evening, 漸く(やっとの思いで!) writing クラスの今学期課題 essay のファイナル草稿をオンライン提出完了。

水曜のクラス内で essay の全体及び細部最終チェックを受け、うちへ持ち帰ってからは脇目も振らず、その feedback を基に訂正修正を施しました。最終チェックの際、まだ未完の部分がおそらく指摘されるだろうことは予想。たとえば、「同じ表現を繰り返し用いないよう、sysnonmys 同義語活用をもっと増やせ」。

頑張りました。

こういうことでもない限り、vocaburary はなかなか増やせませんのは確かです。

 

終了約午後8時。

「クリック」。

送信完了。

「終わったあ〜」。

もうこんな思い、二度したくありません。

一番好きだと思っていた書くこと、こんな歳になってまでこんなに苦難を強いられるなどとは思ってもみませんでした。

そのおかげで、身体中蕁麻疹のような、アレルギーのようになりました。

市販薬は、その痛痒みどめでしたが、なんと、少しは効き目があったようで、捩り鉢巻きの最中の命綱でした、、、そんな憶目もなくよくもそのような大仰なことを。

(でも辛いものは辛かった。)

 

実は、昨日の research & writing 担当の教師の当キャンのためクラスがありませんでした。

わたしともうひとり、クラスでいちばんの年長者と思われる Chinese 男子だけが教師からのメールを受け取っておらず、待ちぼうけ。

ほとんど英語での意思疎通が不可能なのに、なぜかこの Adovanced Class に参加しているこの Mainland China からきた中国人男性。しかも全教科を受講するのではなく、writing & reading クラスのみ。おそらく、会話ができないことを本人も承知しているのでしょう。しかしながら、一見これらのクラスでは、会話の練習はない、と思いきや、授業自体はすべて英語でなされ、教師や他のクラスメートとのコミュニケーションは、もちろん英語なのですが、、、。

実は、writing 及び reading 担当教師らが、この Chinese 男性とまったく意思疎通できていないのを幾度も見聞きしています。第二外国語教師という職業の大変なことを目の当たりにしました。ESL teacher もかなり覚悟のいる仕事とあらためて思います。

 

とにかく、昨日は思いの外、当日クラスキャンセルのため時間ができたので、Essay の最後の仕上げをするために家に早く帰れて、渡りに船。午後いっぱい、細かい部分を自分なりに納得いくまで、確認訂正、修正をし、以上の通り、提出完了。

 

今日のクラスでは、わたし同様最終段階で提出完了した、香港 Chinese 女子によると、来週の授業出席は免除になるということです。

大方のクラスメイトは、まだ最初の Step 2〜3あたりで右往左往していますので、教師の「つもり」希望的観測では、このグループの個人指導を来週水曜の授業内で行いつつ、全員をなんとか提出までに漕ぎ着けさせたいようです。

 

小学校卒業時の卒業文集に載せた作文には、「将来、教師が通訳になりたい」と抱負を語っていたわたしです。

どちらにもなり損ねましたが、どちらの職業にも、なり損ねてよかったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「初舞台」

いつ自分の名前が呼ばれるかとどきどきしながら待つ瞬間が、みんな一番厭なくせに、いざ「晴れの舞台」へ上がったその瞬間、自分がその舞台の主役であることに酔いしれる。なんと健気なことよ、と微笑ましく好意的にも思える。おそらく育ちの良さと元来持って生まれた得な性格との相乗効果とさえ。

 

今日の speaking クラス内 assessment は、英語の会話力がどうのという以前の、もっと原始的に深いところでの、人間性の特質を試されたような気がする。

つまり、英語に限らず、言語というものはあくまでも人間関係に於けるコミュニケーション上の「道具」にすぎないことを、新ためて再確認させられ、そしてまた、道具としての言語をいかに巧く操れるかが結果の良し悪しに関わる。すなわち、今後の人間関係の発展さえにも影響することが証明された。

 

Criteria for Speaking Assessment テスト課題

Two students are paired randamly to talk about study related topics.

教師無作為選抜による、二人一組、英語学習に関する話題を5分間演じる

 

1/ opening the conversation 会話導入部分〜挨拶

2/ small talk 挨拶につづき世間話

3/ main subject 「ところで〜」本題:英語学習に関する話題

4/ closing the conversation 会話終了部分〜会話を締め括る

 

 

ひとこと「勝ったね」!

 

(17名中)15名+教師=計16名 からの positive reviews 肯定的感想。

たったひとりだけ negative reviews を発したのは、予想通り、アンポン・タリバン。

(そんなに毛嫌いするのって大人気なくない?)

 

わたしとペアを組んだ speaking partner は、たまたま隣に座る「無口でおとなしい」が売りの「シャイな年齢若干20歳のアフガン男子。

(ほとんど、孫の年齢!)

ただの日常会話でさえ、こちらが躍起になって質問攻めにしないと会話成立困難。

しかも、会話の能力はさほど高くなく、また発音も聞き取りにくい初心者レベル。

だからと言って頭が悪いわけでは、全くない。

Speaking Assessment の Criteria 中、会話主導役の話し手と聴き手に振り分けれるが、彼が話し手、わたしが聴き手の5分間は、途中会話が澱みかけるたびに、

「オイ、若者よ、しっかりせい、頑張れ!」と、幾度、心の中で応援したことか。

なにせ、会話牽引役、話し手の脚を引っ張って、聞き手のわたしから話を振っては assessment 評価外、つまりわたしから「手を出しては反則」。

いわばわたしひとりが、じたばた、やきもき。

(早いとこ、話を次へ繋げてちょうだいな)

 

課題は、話し手の質問・相談事に対し、聴き手が助言・アドバイス・意見をする設定。

そのため、わたしとモハメッドの会話は、聞きようによっては、立場が逆転しているようにも聞こえたのだろう、それが、わたしの perfomance に対しての、アンポン・タリバンの意味を成さない感想。

 

あのねえ、世間の皆さま、ほぼ99%が好意的な意見をお寄せくださる中、どうしても(そうじゃあね〜だろ)と根拠のない反対意見で押し切ろうとすること自体、自己主張ではなくただの「横槍」を入れてるな、というあたりで、アンポンの人間性自体に問題ありとみた。

 

アンポン・タリバンと例のコンゴ人女子ペアの role-play では、アンポンもわたし同様、会話の聞き役だった。が、初っ端から、まるで精神カウンセリングを受けにいった人物がカウンセラーと交わすような会話内容に、クラス一同「はあ?」

 

コンゴ 「は〜い、元気、あんぽんたん?」

アンポン「まあまあだね。」

コ「ご家族はどう?」

ア「いやあ、実は、僕には、オーストラリアと祖国に、別々の家族がいてね。

  祖国の方の家族とは巧くいってなくてさ、ほとんど音信不通なんだ。」

コ「.........。」

 

(あのねえ〜)課題の状況設定上、ここでは単なる挨拶で通過することになっているのですが。

too much personal information.

誰もひとんちの家族構成・問題なぞ、聞いてもいやしないし、聞きたくもない。

あくまでも英会話授業内での、会話演習なんですけど。

 

この会話ペア、普段クラス内では「人から訊かれていなくても」(よくもまあ)「ペラペラと喋る」ことは喋るのだけれど、常に彼らの発する質問は「的を得ていない」。そして「本人たちだけが」それに気づいていない」、それが最大の問題点。

(ごめん but . . . )頭の回転があまり良くなさそうなひとたちです。というか、人の話をよく聞かないし、理解力に欠けている、またはその両方。

 

こういう人たち相手だから、わたしのように中途半端にまあまあ喋れたり、聴き取りができると(めんどくさっ)となるわけです。そのように評するわたしを「マウントをとっている」とこのひとたちには思われているみたいです。

 

非の打ち所がないわたしの演習会話例に対し、否定的コメントするも、まったくの説得力なし。

教師でさえも、

「君の意見は意見として尊重するけど、本当にそうだったかあな。

 彼女のモハメッドへの対処は理想的だったと思うけどな、僕は。」

 

わたしは、わかるひとにきちんとわかってもらえただけで、充分満足です。

 

あんぽんたんに謂れなき絡まれ方をされた初日は、一瞬気にも病みましたが、結局、な〜んてことはない、見掛け倒しだったのね。

またもや時間の無駄でした、そんな些細なことで悩んだりしたことが。

 

Assessment は、来週も続きます。

わたしが「話し手」になる番です。

わたしの話し相手、聞き手は、一体誰が選ばれるのでしょう。

単純計算では、アンポン・タリバンがその役を仰せつかる確率はゼロになりましたので、心置きなく、performance を楽しみたいと思います。

 

(つっかれる〜)

 

 

 

 

 

 

来週の Assessment Speaking クラスのこと。

 

先週の授業の終わりに、コンゴ人女子が speaking assessment の際、自分の speaking partner は自分で選べるのか、と質問した。

「それは僕の一存。」とは教師からのそっけない回答。

 

つまり、実際毎日の暮らしの中で、常時話し相手が家族や親しい間柄の人間とは限らないわけで、それほど親しくはないが、会話を交わすことが必須の場合や、また、赤の他人 total stranger だったら、尚更のこと、「会話」というものはそのような未確認情報の相互収集から始まる。だから「予め知ったクラスメイト」との「予行演習」は、テスト対象にできない。

論理的意見、且つ、実用的指導、至極ご尤も。

 

しかし、わたしの頭によぎったのは、、、。

 

(まさか、の、まさか、で、件のアンポン・タリバンがわたしの speaking partner に、万が一にも、選ばれたら、どうしょ、『えらこっちゃ』、わあん、ついてない。)

 

しかし、しかし、その次にわたしの少ない脳みそ内に浮かんだのは、、、。

 

(もしもそうなったら、そうなったで、受けて立とうじゃないのさ!)

(災いを福へと、転じせしめてみせようぞ!!)

 

すっかりケチのついた輩だからこそ、クラス全員、公衆の面前で、他の誰でもないこのあんぽんたん自身に、わたしが、如何に大人の対処ができるかを見せつけてやろうじゃないの。

冷静にして、あくまでも、クラス内テスト課題、状況設定の一環として、一切の個人的感情抹殺の上、「木偶の坊」の人形相手だと思えば、こんなに気が楽なことはない。

 

例の一件以来、朝の挨拶どころか、眼が合ってもあちら知らん顔、わたしも無視。

リフト(エレベーターのこと)で一緒になりそうな時は、一台待っても、「そんな狭い空間で同じ空気すら共有したくない」ほど毛嫌いしてます。教室内では一番離れた席に座ってます。

 

まだ、そうと決まったわけでもなんでもないけれど、いざという時のための心構えとしては、今この時点で気がついて良かった。

心の準備があるとないとでは、言わずもがなのわたしの反応(慌てぶり)は、きっと火を見るより明らかでしょう。

(相手より)うまく立ち回ることで、即ち自分の成績評価へプラスにつながると思えば、仮想会話のシナリオの、2〜3本なんぞ、すらすら書けそう。

あちらがタヌキなら、わたしだって伊達に歳を喰ってるわけではありません。

妙なところで、ク〇度胸発揮できるのです、わたし。

これって「慇懃無礼」というのでしたっけ。

得意技かも。うふ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今週と来週は、Semester 1 - Term 1 Assessment Week 。

今週のクラス内テストは、listening, writing & research and reading は、既に終了。

来週、speaking - クラス内テスト、課題 essay (writing grammer) が、提出期限を迎える。

 

月〜金、毎朝5時起きのため、その日の晩にできることは限られており、翌日授業の予習で精一杯。

Essay は、まだまだ research が必要ながら、既に時間切れ。書き進めながら参考文献を読み込み、の繰り返しを余儀なくされるだろう。この週末、不可抗力の悪天候予報のため、家に籠り切りになれる願ってもない絶好のチャンス。

「音のでる divice 〜テレビ・ラジオ等」一切 shut down して. . . no sound, no distraction。

(できるのか、deadline までに?!)

 

 

「書くこと」がこんなに大変な「仕事」だったなんて。

今更ながら、中1の春、国語科担任教師のスパルタ特訓以来かもしれない。

それは、12歳のわたしが書いた創作文の、一語一句のすべての denial から始まった。

そして、今現在のわたしは、自分で自分の書いた一字一句を、始めからすべて、declutter & deconstruct and rebuild them logically . . .。

(めんどくさ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

One of those days.

そう云うより他に、表現しようのない日。

 

それは、昨夜遅くまで起きていたことに端を発していた。

現在、最優先課題 Writing class の Essay 推敲校正が、各自学生と教師とのやり取りにて行われているが、下書きをオンラインで提出させておきながら、教師はチラ見だけで、クラス内で対個別指導。だから、実際の「指導」を受けられるまでに、相当に時間のかかること、この上なし。

だが、他に効率良い方法もなく、20名にも満たないクラスながら、四六時中順番待ちで、待ちくたびれることもしばしば。

 

今日もそんなわけで、授業時間半ばあたりで、やっと自分の順番が回って来た。

ささっと眺め、赤ペンを入れ、はい、やり直し。待ち時間約50分に対し、添削指導約5分。

それは良いとしても、4回目の推敲校正にあたっては、総制限字数に合わせ「更にもっともっと(文章を)スリム化せよ」って、、、。

どうしてそんな一番肝要なことを、最初の推敲段階で言ってくれなかったのか。

単なる句読点の修正ならまだしも、時間のかかる修正を、最後まではっきり表明してくれない。

'Kind to be cruel' 妙な親切心が仇となり。相互、共に時間のロスは否めない。

 

それとなく、他のクラスメイトを観察してみると、最初から「波に乗れた瞬発力抜群の若人集団、ぐんぐん飛ばしてきた一群」は、既に清書・提出の最終段階、来週水曜のクラスで、Assessment 教師受領で完了となる。

この一群は、いわゆるCheaters。原語(英語)読み込みはほぼゼロ、していない。おまけに、Speaking のクラスでの「喋り」は、ほぼ理解不能なくらいの初級レベル。発音に至っては、ESL 教師として耳が訓練されていない限り、聴き取り困難レベル。Essay Writing 論文執筆のための作文能力が、従って、どうしても見合わない、彼らの真の実力は疑惑だらけ。

 

これって、僻み、やきもち、嫉妬でしょうか。それとも、わたしの方が実質劣るのに、逆マウント?

よくわかりません。

充分わかり得ることは、心身ともにストレスの極限状態へ達しつつあること。

 

本日の不具合忘備録

5:00.  起床〜朝食〜ブログ(日記がわり)

7:15 通常の出発時刻ながら出がけ直前にはいつもはしないTAFEメールチェック

   教師からのリクエスト「ドラフトプリントアウト持参せよ」

7:45   バス乗車〜45分間立ちっぱなし

8:30   ライトレールへ乗換 理由不明ながら不通(約30分間)待てないと判断 TAFE まで徒歩

9:00   TAFE ぎりぎり到着

13:00〜14:50  授業終了後校正(含む順番待ち時間約1時間)

15:40   帰宅 信じ難い光景がわたしを待っていた 室内がなんと蟻地獄状態

16:40〜約1時間近く蟻駆除のため汗だく

 

おばあちゃま学生は、これからも、いかにこのような辛苦苦難をやり過ごすことができるのか、否か。

こころが折れる、どころか、この先いつまでこの身が持ち堪えられるか、そちらの方が問題。