仏教と日本の戦争:戦後70年の仏陀の成道の日に際して | 上祐史浩

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           仏教と日本の戦争
      戦後70年の仏陀の成道の日に際して


 今日は、日本仏教では、釈迦牟尼(釈尊、本名ゴータマ・シッダッダが悟った日(成道した日)とされています。
    
 その意味で、仏教とにとっては、とてもおめでたい日なのですが、この日は、第2世界大戦の開戦日(真珠湾攻撃の日)でもあります。

 キリスト教徒ならクリスマスには休戦する習慣さえあるようですから。明治政府で国家神道を採用し、仏教を廃止した(廃仏毀釈)からこその日取りだったのではないでしょうか。

 開戦だけでなく、聖徳太子・空海・最澄の仏教の師匠は皆が中国人であり、仏教を日本に伝えた東アジアの国々で戦争したこと自体が廃仏毀釈の結果かも。こうして、一部の宗教家の中には、第2世界大戦の遠因の一つに、明治政府の宗教政策を指摘する人もいます。

 なお、第二次世界大戦の後に、被害国であったスリランカは、日本に対する賠償請求を放棄しました。私は、その当時スリランカ大統領だった人に会ったことがあるのですが、彼が、請求放棄の際に引用したのがブッダの言葉「憎しみは憎しみによっては終わらない、愛によってのみ終わる」というものでした。

 とはいえ、日本こそが神の国と考える国家神道の思想と共に、大日本帝国の戦争を推し進めた人たちの中には、仏教を利用した人たちがいます。

 例えば、法華経を独自に解釈して、経典が予言する世界を統治すべき仏教国こそが日本であると考えた人がいます(これは法華経の解釈であって、法華経の経文自体ではありません)。

 また、当時の日本の仏教の各宗派は、ほとんどが戦争に賛成しました。国全体の空気の中で、弾圧(村八分)を恐れた人も、少なくとも外面からは積極的に賛成したと見える宗派も。

 こうして、宗教は皆、それを解釈する人によって、まるっきり違う結果となることは、戦争と仏教の関係を見ても事実です。

 そして、戦争と宗教は、自分の過去の反省としても、深く結びついているので、これからも、宗教の弊害を超えた、融和の思想哲学を磨いていきたいと思います。