訪問くださってありがとうございます。
ご縁に感謝しています。
カナダの夏はもう終わりに近づいているようですが、日本はいかがですか?
今日はコメントで「トラウマも幻想ですか?」と質問をいただいたので一緒に考えてみたいです。
質問くださるとこうして一緒に考えることができてうれしいです。
私達信じていることを体験するので、何らかの「気づき」が起こることで少しずつ何かが変化してゆきますものね。
最初にこの「トラウマ」という言葉が特別な癒されることが困難に感じさせる言葉のような観念を持っているかもしれないです。
トラウマだから難しい、トラウマだからなかなか忘れられない、など時々耳にしたり、ドラマなどのストーリーを見たりしますよね。
私達のマインドはそうした言葉や考えをどんどん取り込んでそれらを信じてしまうようです。
そして、何らかの苦しい記憶があると、あ~~トラウマだからだ~~とその理由にして納得してしまうようです。
またトラウマがあるから愛せない、信じられない、上手くいかない、勇気が出せない・・・・
こんな感じで、何らかの抵抗や上手くいかないと感じるとき、そのトラウマが原因であるとマインドが理由や意味を付けて囁いたりします。
それがとてもリアルに感じて、そのトラウマとラベルを張った記憶をさらに特別で癒されるのが困難なもの、そして大きな問題であるように信じてしまうように思います。
また癒しというのは「勘違い」に気づくことなので、実際は癒されるようなものもなかったと気づくことでもあるようです。
マインドの「良し悪し」の概念を使った勘違いであることに気づくことでそれらの勘違いが消えてゆき、真に癒されるようです。
もし誰かを許すという方法や自分を許すという方法で癒しを行ったとしてもなかなか癒しが起こらないと感じたら、それはマインドの概念による勘違いであることに気づいてない為でもあるようです。
トラウマが幻想なのか?ということでしたが、起こった出来事というのはいつも中立でそこには真に意味はないようなんです。
そこにこの世界のたくさんの「良し悪し」という分離の概念をベースにした考えを使って意味を付けてゆくことで、人は苦しみに感じるようです。
ですから、トラウマとラベルを付けたその記憶もそうした複雑に構築された概念によって意味を付けた意味つけなのだと思います。
また少し違った角度で考えてみると、記憶というのはとても曖昧で、鮮明にその記憶が蘇ると感じることもありますが、
実際は概念を通して思い出すために、本当に起こったことにたいしての解釈を概念を付け加えて思い出すようです。
またその時の自分の気分によってもその記憶は変わってくるのに気づけるかもしれないです。
自分が幸せいっぱいの時、過去の失恋に対してあんなこともあったな~~と愛おしく感じたりします。
でもとても不幸で孤独で寂しいとき、同じ失恋の記憶がとても惨めで苦しみであったかのように感じたりします。
記憶というのは驚くほど曖昧で、今自分がどのような在り方でいるか?で全く違う記憶となって感じるようです。
記憶とは曖昧で、自分が信じていたようなものではないのかもしれない。
そんな風に意識を変えてゆくと、トラウマという概念が特別なものだという考えがなくなってゆくかもしれません。
なんだかお返事になったかわからないのですが、この世界は本当に思考の産物のようです。
自分が信じたとおりに体験しているようなので、苦しいと感じた時、それは何らかの観念に気づきて軽やかに愛を思い出して毎瞬を楽しむ自由への誘いなのでしょうね
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