訪問くださって一緒に考えてくださってありがとうございます。
気が付くと6月も半分が過ぎてしまいましたね。
カナダの6月~9月は本当に素敵で大好きな季節です。
と言っても冬の銀世界も好きで全部必要なんだな~~と感じます。
○○だから幸せという理由をマインドが伝えてくれるのでついついそれを信じてしまって、沢山の幸せを見落としてしまうんですよね。
全然見えてなかった!とうれしい驚きを感じます。
昨日の記事でコメントをいただいたので少し一緒に考えてみたいです。
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「もしかしたら求めているものが違うのかもしれない」
何かうまくいかないことがある度に、こう思って。。私は本当は何を求めてるの?と自分に聞くもなかなかわかりません。。
でも。。自分に質問を投げ掛け、あとは目の前の時間を丁寧に過ごしていれば、答が腑に落ちる時がくるのでしょうか。。
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コメントありがとうございます。
この世界は本当に驚くほど真逆に出来ていて、そこに気付くというステージのときあまりに世界が違うので驚くことがあります。
あまりにも今まで信じてきた事と違うのでここは本当に気づきが起こるのが簡単ではない部分だと思います。
私自身心理学に興味を持ち始めてから20年近くなると思います。
沢山の学びをしてたくさんの苦しく辛い人生を終わりにしたいと感じる体験を何度も何度も繰り返してきましたからね![]()
でも全部本当に必要だったのが分かります。
この現象世界に対してある意味「諦め」が起こるまでいろいろな出来事があったように思います。
そこに気付くまで長い間時間がかかりました・・・・・![]()
このように聞くと、なんだか絶望的に感じるかもしれませんが、私たちの見ている世界は私たちが信じたことを見る世界で、もともとそこに意味が存在していないんです。
ですから、何を信じているか?によって体験が180度変化します。
このために観念を手放すとかインナーチャイルドヒーリングをするとかいろいろなヒーリングがあるのだと思います。
でもそれを繰り返して行く中で、あることに気づくんです。
全ての観念の手放しという作業というのはこの現象を何とかしようという行為であることに気づきます。
そしてこの現象世界は2元の世界なのでプラスとマイナスの出来事が同じ分だけある世界でありこの現象世界の中には絶対的な愛や平安は存在しないことに気づきます。
このために探究をし続けることになってしまいます。
そこで今までの方法ではずっとグルグルしているだけだと分かります。
そこで現象世界をよくしようというマインドを信じてきたことでここから抜けられなかったことが分かり始めます。
このときはじめて、砂の上に城を築こうと頑張ってきたことに気づきます。
私達の思考と感情は分離意識なので、絶対性が理解できないんです。
このために、どんな出来事も全て二つに分けて認識を起こそうとします。
私達の認識が全てこの分離しか観念を使うために、どうしても今この瞬間「何かが問題である」という考えが意識的か無意識的に起こるんです。
ですから、私たちは願いがかなえられるように努力して、それらが手に入っても一時的な満足感を感じる。
もしくは何かが違うとか、問題を感じることが起こります。この時上手くいっていないと感じます。
要するに、出来事ではなく、マインドの認識でそのように感じているだけであり、実際は毎瞬が完全に起こっています。
ここに気づかないと、ずっとマインドの分離した認識を使って世界を見続けてしまうために、世界の問題があるように認識が起こります。![]()
「奇跡のコース」では自分の思考と感情、知覚を信じないことが大切で、
「自分は知らない、分かっていない」 ことを知ることが大切だと教えてくれます。
なぜなら、私たちは個人として分離して生きていると信じているために、私たちのマインドは絶対性が分からないからなんです。
ですから「求めているものが違うのかもしれない」というように、自分の考えを疑うことを始めると、そこにある本質の思いに気づくことがあります。
私達は自分の思考と感情を自分だと信じています。
でも私たちの思考と感情は現れては消えてゆくエネルギーであり、それらは自然に湧いては消えてゆきます。
本当の私たちは、それらの思考や感情に気づいている存在であり、思考や感情が現れては消えゆくのを見ている存在のような感じでしょうか?
どんな思考も感情も嫌わないでそこにあっていいことを許しはじめると、自分がこの気づきの方であり、思考とマインドではないことが分かり始めます。
そしてそれが本質なので、その意識でいられることが増えてゆくと本質を思い出してゆきます。
「自分に質問を投げ掛け、あとは目の前の時間を丁寧に過ごしていれば、答が腑に落ちる時がくるのでしょうか。。」
ということだったんですが、ここもとても頭(マインド)では理解できない部分なんですよね。
なぜならマインドは絶対性が見えないので、マインドの信じている答えを望んでいるときそれを受け取れないことが起こります。
ですから、答えをもらうために今を丁寧に生きる、というのは違っているのが分かるようにこの先分かるようになります。
原因と結果というようにマインドは分離意識なので信じています。
でもそれはその信念によってそれがあると信じているだけで、本来分離していないので原因も結果もないんです。
何がお伝えしたいか?というと、○○のために今この瞬間を丁寧に生きるというのはマインドの考えになってしまうんですね。
でも、実際は「この瞬間」が毎瞬答えなんです。
それが100%答えであり YES ! と感じられるとき、絶対性に気づきます。
なぜなら分離というのは観念だからです。
今この瞬間を完全に1mmの抵抗もなく YES と言えるとき、分離を超えた完全性の本質に出会うことにもなります。
ただ難しく感じるのが、このように今の完全性へこころを開きはじめるとマインドが仕事がなくなってしまうので、仕事を取り戻せるようにいろいろ言ってきます。
特にマイナスと認識する出来事が起こったときが難しいように感じます。
「それはよくない」
「そんなの間違っている」
「そんなことは損をする」
「もっといい方法がある。」
などなど・・・・それらを信じたり、嫌ったりすると、マインドのストーリーに入り込みます。
マインドのストーリーがここにある絶対性を隠し続けてしまいます。
でも全ての思考と感情をそこにあることを許している気づきの意識であることを思い出せるようになってゆくと、絶対性が見えてきます。
どんな思考も感情も自分のものではないことに気づいてゆくのが一番の近道のように感じます。
なぜなら、分離した個人と信じている分離意識が存在しない蜃気楼のようなものだからです。
ここに気づくとき全て(本質)と一つであることを思い出します。
その時、今までと同じ2元の世界はそのまま目の前にあるのですが、分離意識の知覚で見えていた世界と全く違う分離のない知覚の体験が起こりはじめます。
長くなってしまいました、最後まで読んでくださってありがとうございます。
何か気づきにつなげていただけたらと願っています。
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