この世界は夢のような世界?物質は観測者が観測するまで存在しない? | 世界はあなたの愛と喜びを体験するためにある

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私たちは生きていると沢山の問題と感じること、心の痛み、苦しみ、悲しみを体験しますよね?

 

それらの苦しみから逃れたくて心の学びを始める方が多いと思います。

 

またはよくわからないけれどとても知りたいという思いで惹かれるように学ばれるかたもいらっしゃるかもしれません。

 

心の学びを始めると少しずつ生きることが楽になりますよね。

 

でも現実は以前より良くなっていても、やっぱり

 

何かが違うと感じたり、

孤独を感じたり

満たされなかったり

苦しみの体験をしたり

恐れや不安に襲われる

 

などという体験をしている方が多いかもしれません。

 

または、心地よくいることで幸せになれるという引き寄せの法則のお話や、

感謝すること、ありがとうということで幸せになれるとか、

開運、パワースポットなど

 

プラス思考でマイナスをごまかそうと頑張り続けていることに気づけないときもあるかもしれません。

 

昨日のこちらの記事右矢印「 目覚めとは思考のトリックを見抜くこと 」

 

やここ最近ずっと一緒に考えてきているように、この2元の世界では

 

プラス思考やポジティブシンキングというのは実は苦しみを終わらせるものではないこと。

 

真の愛・安らぎ・満足感・完全性を思い出すことにつながらないことだと分かり始めます。

 

なぜならマイナスと感じるものを消し去ろうという思いがどこかにあり続けますからね。

 

プラスとマイナスは表裏一体であり切り離せないもの。

 

どちらも必要なものなので、プラスだけにしようとしても実際はマイナスは同じようにプラスと比例して無意識に存在していますからね。

 

これは認識をするためにはどちらも必要であり、どちらからも恩恵を受けていて、マイナスを消し去ろうとすることは実は苦しみの原因になっていますからね。

 

光だけを受け取りたいと思っても、陰がなければ光を認識できませんよね?

 

明るい昼間だけ続いたら苦しいように、夜の暗闇も全く同じように必要ですよね?

 

動だけではなく、静も私たちは求めていますよね?

 

真の幸せは 全て排除するものがないと 気づいたときに訪れます。

 

そして、この「ネガティブ」という考えも実は概念であり、

 

その概念によって自分によくないものであるように体験をしていたことに気づきはじめ驚きます。ポーン

 

この世界は驚くほどのシンプルなものを概念によって複雑に認識をして体験・経験する世界なので、その混乱によって苦しいようですが、そこに気づかないで

 

私たちは、いろいろな知識を学ぶことで、それらを使って苦しみから逃れようとします。

 

分からないことに対して納得させようとしますからね。

 

このために

 

概念を増やして苦しみに対して違った角度から蓋をしている、

概念の上塗りをしているということに

 

気づけないことも多いようです。笑い泣き

 

精神世界やスピリチュアルな話は分からないことが多いですよね?

 

信じましょう

委ねましょう

愛しましょう

与えましょう

 

そのように言われて心に響いてもやはり上手くできない、または疑いが起こりますからね。

 

そして上手くできない自分を意識で、または無意識で責めていたりします。

 

私は自分を無意識で責め続けていたことに長い間気づきませんでした。アセアセ

 

でも、真に起こっていることは私たちの概念による認識とは全く違うようです。滝汗

 

もういったい何をしてきたのか?と驚くばかりです。

 

そしてどれほど無意識に頑張ってきたか?自分を裁いてきたか?驚きます。

 

全く全部違ったことに驚き笑えて来ます。笑い泣き

 

リアリティーとは摩訶不思議なものでもなく、謎めいているものでもなく、とてもとてもシンプルであり、驚くほど直接的に体験できはじめます。

 

そしてそれらの私たちが真に求めているものはずっとどこかで知っていたもの、懐かしく、優しいものです。

 

いつもここにあり続け、ずっと求めていたのに気づかなかったものであり、その事実にきづいたとき、真の安らぎの中で全てが愛に溶けてゆきます。キラキラ

 

思考や概念で難しくするものではなく、驚くほどのシンプルで直接的なものなので、

 

生きてゆく体験の中の不必要な頑張りや緊張がなくなってくつろぎの中で子供のように今この瞬間の輝きの中で生きられるようになってゆきますよ。

 

 

いつも記事を書いていると長くなってしまうのですが、もしお時間があって興味があったら、読み進めていただけたら嬉しいです。

 

昨日くださったコメントの質問を一緒にみてゆけたらうれしいです。

 

~~~~

 

この数年、「物体は観測者が観測するまで存在していない」
ということをよく聞いたり読んだりします。

これはどういうことなのでしょうか?
私が友達を見ていないときは、その友達は存在しないことになるのでしょうか?

奇跡のコースを勉強し始めたりしているのですがこのことがすごく怖いです。

どうしたら恐怖がなくなるでしょうか。
変な質問でごめんなさい。

 

~~~~

 

質問くださってありがとうございます。

 

全く変な質問ではないです。

 

これらのことを耳にするとき、私たちとても恐れを感じますよね?

 

でも耳にするというのは、準備ができているために起こりますからね。

 

量子物理学を学び始めるとこれらの話を耳にし始めますよね。

 

そしてそれらはリアリティーを思い出してゆくのに、こうして科学や物理学からのアプローチも大切であることが分かります。

 

科学も心理学もスピリチュアルも実際は同じ何かを探し求めているのですよね。

 

奇跡のコースの非2元的な教えからのアプローチも量子物理学も同じものを指示していることが分かり始めます。

 

私たちは自分の概念を使って世界を認識しているだけなので、その概念がこのように根底から崩れるような話を聞くとき、

 

足場が崩れてしまうような、頭を殴られたように衝撃や恐れを感じることがありますよね。

 

それは知らないことへの恐れであり、

 

また自意識を強く持っているとき、自己イメージを強く握っているとき、それらが脅かされるように感じるのですよね。

 

でも実際は私たちはそれらを知りたい、思い出したいと深い部分で望んでいるようです。

 

このために、探求をつづけてゆくようです。

 

「この数年、「物体は観測者が観測するまで存在していない」
ということをよく聞いたり読んだりします。

これはどういうことなのでしょうか?」

 

ということでしたが、この世界は夢のような世界であり、

 

「起こっているようで 起こっていない」

 

という部分を科学的に証明されてきているのですよね?

 

私たちが恐れを感じるのは、こうした事実を耳にして、今まで信じてきた概念を使って理解しようとするとき感じるものだと思います。

 

理解できないこと、知らないことへ恐れを感じますからね。

 

でも実際は、この恐れの向こうに、私たちが求め続けている真の安らぎがあることにこの先気づかれると思います。

 

そして、恐れの向こうにあるものは

 

「真に今この瞬間しかないこと、驚くような完全性と奇跡を見始めること」

 

につながってゆきます。キラキラ

 

どれほどの大掛かりな概念の世界の中にいると信じて体験してきたのか驚きます。ゲッソリ

 

また、今まで勘違いの概念を使って認識していただけなので、いろいろな事実が分かり始めても体験は続くし、

 

現実として体験しているものが消えてしまうのでないので、恐れる必要は全くないです。

 

ただ同じ現実に見える世界が、全く全く違った認識 で世界を体験し始めます。

 

分離が錯覚であること、分離そのものが本当に存在していないことが分かることが真にしてゆきたいことであり、

 

それが全ての問題と苦しみがなくなってゆくことにつながっているんですね。

 

分離の錯覚がきえるとき、私たちが真に思い出したい、無条件の愛、一つであること、ワンネスというリアリティーに目覚め始めますからね。

 

少し考えてみたいのが、分離が本当はないとしたら?

 

見る人・見られる人、主体・客体、観測者・観測されるもの、被害者・加害者という

 

分離の視点が消えてゆきます。

 

このときただここにある純粋なリアリティーが残ります。

 

分離の概念を超えたもう一つの世界がここに現れてきます。

 

またこのもう一つの世界も実際は起こっているようで起こっていない世界でもあるのですが・・・・

 

質問くださったような

 

「私が友達を見ていないときは、その友達は存在しないことになるのでしょうか?」

 

というような考えに恐れを感じているとき、どうしたらいいか?」

 

ということでしたが、答えは 「 Yes 」 です。

 

でも恐れを感じるということなので

 

頭(概念)で分かろうとしない

 

ことをされるといいと思います。

 

自分(自意識・個人意識)は分かりたくないし、分離した視点でしか理解できないから理解できないことへ恐れを感じるからです。

 

また分離していると信じていることで、個人として世界と分離した存在であるという概念を体験していたいからのようです。

 

でも本当は誰とも分離をしていないこと、全てであること、全体でありこと、ひとつであることを思いだすことを私たちは求めています。

 

そしてそれを誰もが本当は知っていますからね。

 

それを思い出したとき、比較や争いや攻撃や批判や不満や恐れや不安の全てが愛に溶けてゆきます。

 

自信があるとかないとか、

自分に価値があるとかないとか、

愛そうとか、愛されようとか、

人間関係をよくしようとか、

与える、受け取るとか、

感謝とかそういった全てが

 

ただただ愛の中に溶けて消えてゆき 

無条件の愛だけが残ります。

 

今までみていた世界はそのままあるのだけど、

全てはあるがままで完全であることが分かります。

 

ですから、自我の抵抗によって恐れを感じるけれど、深い部分で求め続けているので、惹かれるように探求を人は続けてゆくのだと思います。

 

とは言え、恐れを強く感じてしまうお気持ちもとても分かります。

 

私も何度も体験しました。もうこれ以上進みたくない、なぜこんなことを学び始めたのか?知らない方がよかった。とも思いました。

 

でもやっぱり本当は思い出したいために探求は続きましたからね。アセアセ

 

私たち個人意識(自我)がどんなに恐れても、真の自己が「無条件の愛を思い出して」と背中を押しているのでしょうね。

 

恐れの向こうにあるのは、全く新しい認識です。

 

そしてそこに真に求め続けてきたものがあります。

 

自我(分離意識)が消えることを恐れているので、自分で考えて何とか分かろうとしないで進まれるといいと思います。

 

分からないことを分かろうとすると、自我が怯えて恐れを感じますからね。

 

少しずつ気づきは起こります。

 

それらは全く恐ろしいものではありません。

 

今あるがまま、ありのままのあなたを受け入れてゆく先にも同じ場所にたどり着きます。

 

奇跡のコースなのどの非2元的な教えは優しくリアリティーに導いてくれると思います。ラブラブ

 

慌てて分かろうとして自我を怯えさせなくても大丈夫です。

 

ゆっくり進みましょう。

 

でも分離の錯覚がきえたとき、この過程や段階も全て概念であると分かります。

 

ずっと求めている無条件の愛は概念を超えて、いつもここにあります。

 

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