なりたい自分になる?本質とつながる? | 世界はあなたの愛と喜びを体験するためにある

世界はあなたの愛と喜びを体験するためにある

誰もが本来毎瞬与えられている愛と奇跡を体験する喜びを全ての人が体験できますように

昨日カナダのアルバータ州で過去最大の規模で山火事が起こっていて1600棟の家が全焼してしまうという被害、9万人が避難しているという話を息子が教えてくれました。

 

自然災害って世界のあちこちで起こっていて、そのたびに、人間がコントロールできる世界ではなく、人間は自然の一部であることを再確認させられますね。

 

同時に「今この瞬間」を精一杯、後悔のないように生かされたいと感じますね。

 

 

今日はくださったコメントを一緒に見てゆけたらと思います。

 

~~~~

 

真我についての内容はお伝えしてくれている通りだと気付きはあるのですが、どうしても体験できないんです。
まだ分離の中にいてるのですね~
そうなんだと思っていても、恐れや不安があります。ありのままで今を生きるということをしようと意識しているという日々です。
ゆうさんのおっしゃられているように、真の自我を体験するタイミングは必然に訪れるのだと思いますが、やっぱり焦っている自分がいます。

人生は全てが映像のように自分自身が創り出しているだけで、全てが思考の思い込みであると理解しています。
でもまだ足りないので体験出来ないのだと思うと、早くその時が来て欲しいと堂堂巡りになってしまいます。

その根底にあるものはきっとお金に関する価値観なのだと思います。
お金のブロックとも言われていますが、私はお金を稼ぐことが出来ないので自己評価が低くダメなんだと思ってしまっています。だから何とかしないといけないと焦っているんだと思います。
 

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コメントありがとうございます。お気持ちとても分かります。

 

たとえ真我の体験をしたとしても、その状態を保っていることはできないのですよね。

 

本当は真我でないことなんて一度もないのですが、分離しているという思い込みによってそうではないと信じていますからね。

 

そこには私たちにワンネスや真我や悟りとか目覚めに対して沢山の思い込みがあることで起こると思います。

 

私たちって無意識レベルで驚くほどの思い込みを抱えていますからね。

 

もう本当に全てが思い込みであり、ただの概念なんですよね。

 

これは非2元への学びに進む中、もう全部全部違ったことに驚きます。ゲッソリ

 

この世界は分離できないものを概念の中で分離して、どちらか一方の体験を概念の中だけでしているだけで、

 

実際は何も起こっていないし、分離したことは一度もないのが分かり始めた時、恐れや不安が真になくなってゆきますからね。

 

個人で生きているという概念を使って、個人の幸せを求めているとき、真我である全体からどんどん分離してしまうんです。

 

この世界の中の学びは、個人の幸せの探求なので、一時的には上手くいったような体験がおこったり、成功体験などをしますが、

 

実際は火をつかって火を消そうとする行為になってしまっていたことに気づきはじめます。チーン

 

なぜなら分離意識によって全てである全体や真我そのものであることに気づけないからなのですよね。

 

全体であると分かっていることで、その全体が体験している個人の体験を真に自由に楽しめますからね。

 

この世界全体が分離の相対の想念で成り立っているために、全く違うアプローチでリアリティーに気づいていくことが大切なのが分かります。

 

相対の想念を使った概念の上塗りの方法ではランニングマシーンで走り続けているような感じですからね。

 

 

ここは頭での理解(分離の想念を使った概念による認識)を超えているので、頭でその通りと感じているときって、思考意識(分離意識・自我)によるものなのですよね。

 

このためにハートの深い部分である無根拠性からの安心感を体験できないことがあります。

 

全ては思考の思い込みで生きているという部分を例えると、

 

旅行に行こうとガイドブックを見てどんなに智識を入れても、実際にその土地での体験とは全く違うようなものなのですよね。

 

全ては思考の思い込みで生きていというのは、私たちはガイドブックの中で生きているような感じで、リアリティーを体験していないのですよね。

 

また私たちが分離した個人であると信じているとき、分離意識の想念を使うために、時空間を信じています。

 

このために原因と結果があると信じています。

 

この人生全てがこの原因と結果の法則がリアルであると繰り返し学ぶためにあるといわれますから、これは当然すぎるほど当然と感じると思います。

 

このために全てに理由や根拠があると信じていますからね。

 

でも、私たちって人生を通して何度も体験があると思います。

 

無根拠に大丈夫であると感じたり、できると分かっていたり・・・・そんなことは日常の中で普通に体験しているはずなんです。

 

そうでなければ、私たちは何もできないですからね。

 

ですから、私たちはいつも本質で生きています。

 

そうではないという考えを信じているだけですからね。

 

10年以上前にNLPというかなり高額な講座を受けた時、最後に

 

一番大切なのは「根拠のない自信」とトレーナーに言われました。

 

そのときは、こんなにお金を使ったのに、それが一番大切なの?

 

そんな風に感じたのを思い出します。笑い泣き

 

この無根拠性は本質から来ますからね。

 

そしてその領域はもともと私たちはいつも内側に持っていて使っていますからね。

 

(この内側というのも概念であり、実際は内とか外とかいうのもないのですが)

 

私たちって知識を詰め込もうとして、知識によって何かを得ることができると信じてしまいます。

 

でも、ガイドブックがどんどん増えてゆくだけで、分離のない真のリアリティーにきづけるわけではないと気づくまで長い時間がかかりました・・・・・タラー

 

「人生は全てが映像のように自分自身が創り出しているだけで、全てが思考の思い込みであると理解しています。」

 

ということでしたが、

 

この自分で創りだしているというこの「自分」というのが、今信じている個人の自分ではないことに気づくことが大切なのかな?と思います。

 

私たちと信じている個人意識が蜃気楼のようなものであり、それが存在しないことが分かり始めることで、全体であったことが分かりますからね。

 

そして、このとき映画をみているように体験をしていたということが分かるようになります。

 

個人の幸せを探求しているとき、蜃気楼のような存在しない幻想の中で頑張り続けて、成功や失敗を繰り返し、存在しない恐れや不安の体験をしてしまいますからね。

 

だたこの蜃気楼のような存在しない幻想の中で頑張って生きているのも、何も間違っていなくて、それもストーリーの中の素晴らしい体験の一部なのですよね。

 

ただそれをあまりにもリアルに体験することで、不安や恐れを強く感じてしまうのですよね。

 

「その根底にあるものはきっとお金に関する価値観なのだと思います。
お金のブロックとも言われていますが、私はお金を稼ぐことが出来ないので自己評価が低くダメなんだと思ってしまっています。だから何とかしないといけないと焦っているんだと思います。」

 

ということでしたが、お金のブロックが根底にあるものではないと思います。

 

根底にあるのは、分離という思い込みであり、恐れや無価値観、罪悪感はそこからきていますからね。

 

お金を稼ぐ、稼がないというのも相対の分離の概念であり、分離意識を強めてゆく自我のトリックようなものであり、もうそれも全部違うんだと分かるようになってゆきます。

 

そしてブロックというもの自体が本当は存在しないことも分かり始めます。

 

自分の頭(自我・分離意識)を使ってガイドブックの中で分かろうとしないで、

 

「私は何も知らない」

 

と心を開いておくと、本質からの気づきを次々と受け取る体験が起こるかもしれません。

 

そして、どんな思考も感情も、持っていていいことを許可してゆくことが本当に大切だと感じています。

 

私たち意識的に、または無意識に自分の考えや感情をよくないものであると、抑制しようとしますからね。

 

どんな思考も感情も実際は悪いものはなく、この分離の想念によって「良し悪し」という考えで裁いているだけですからね。

 

どんな自分も深く受容してゆくことで、分離のない本質と一つになってゆくかもしれません。

 

真我はいつか体験できるものではなく、毎瞬体験できるものです。

 

本当はいつかなんて存在しませんからね。

 

そして本当はどこにも向かっていません。

 

いつもあるのは今ここですからね。

 

今あるがまま、どんな分離の考えが起こっていても、個人と信じて体験しているのも真我が個人を体験しているので、いつも真我そこのものですからね。

 

私たちはなりたい自分になるために努力する必要は全くないようです。

 

ただただ自分の考え・感情をそのままでいいことを許してあげて

 

何も変えようと努力することなく、あるがままで生きるとき、本質につながります。

 

私たちは分離意識からくる理想の誰かや何かになろうとしますが、

 

そうではなく、本質が表現しているそのままの今の自分をただただ受け入れてゆくとき

 

そこにあった全体性にきづきます。

 

本当は個人意識で考えて一生懸命努力する必要は全くなく、

 

いつも自然に真我が私たちを通して体験をしているので、自我の認識で変化しようとする必要はなく、変化は自動的に起こっています。

 

もし努力することがあるとしたら、今あるがままであることを真に受容してゆくことだけのように思います。

 

「今あるとおりでありますように」 - カール・レンツー 

 

 

 

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