愉快を生きる!JJ抹茶です。
ちょっとご無沙汰してしまいました。
今日の1曲はタイトルのみの関連性ですが(笑)


日曜日にひとつ歳をとりました。
妻からの贈り物が

でした。なんとまぁ・・・かっこいい(笑)というか怪しい(苦笑)
息子からの贈り物が

でした。たしかにこの年齢でもこういうのは似合うんですよね、あたし。(爆)

ふと感じたことがありました。刀と武将(前田慶次)が示すものは・・・
健脳塾での「神との対話」の学習は、自ら望んだことでしたが、それまでは木刀居合をやってました。
あたしは、どちらかというと体育系の勉強をずっとやってきたのです。

まだ刀をやれ!

と自らが家族からの贈り物を通じてメッセージを発しているように観じました。

贈り物は誕生日の前に受け取っていたので、土曜日に師にその話をしました。
「これはシンクロ(ニシティ)だと思うので、自分で木刀居合をやり直します。」
すると師が「また一緒に練習しましょう」と言ってくださいました。
師には師の考えがあって、思考を浸透させるには動きの中でやるのが一番ということがありました。
あたし以外の人は別のメソッドでやるのですが、あたしは木刀居合がベストであろうと。

日曜日(誕生日当日)
友人がやってる美術館に行きました。自らへの誕生祝でホンモノに触れる時間を持ったのです。
ここは波動オタクの自分も太鼓判の波動スポットでもあります。
夫婦で行ったのですが、他に客が居なかったので、刀剣を見せてくれました。
妻にとっては日本刀初体験。感動していました。

やっぱり刀か・・・とダメ押しを感じました。

昨夜、道場で久しぶりに木刀居合をやりました。
ただ動きを追求していた以前と違って、そこに勉強していることをいかに生かすかがありました。
また違った味わいがあり、非常に勉強になりました。
さらに日常に生かすにはどうずるか・・・数稽古ですので、それが大事でしょう。

シンクロニシティ【素敵な偶然】
前回の日記で取り上げた

目にうつる全てのことは メッセージ(やさしさにつつまれたならby荒井由実)

ということと関連しますが、「神との対話」では1巻の結びにこうあります。

どこででも、わたしの声を聴きなさい。
質問があるときはいつでも、わたしがすでに答えているのだと思いなさい。
そして、あなたの世界に目を開きなさい。
わたしの答えはすでに発表されている記事のなかにあるかもしれない。
これから聞く説教のなかにあるかもしれない。
愛するひとの口から出かかっている言葉のなかにあるかもしれない。
知りあおうとしている新しい友人の心のなかにあるかもしれない。
わたしの真実は風のささやき、小川のせせらぎ、稲光、雨音だ。
土の感触、百合の香り、太陽の暖かさ、月の満ち欠けだ。
わたしの真実-そしてあなたが困ったときの頼りになる支え-は、
夜空のように荘厳で、赤ちゃんのおしゃべりのように単純であどけない。
心臓の鼓動のようにささやき-わたしと一体になった息づかいのように静かだ。


とあります。

目にうつる全てのことは メッセージ

でシンクロニシティ【素敵な偶然】は、本当は必然であることを愉快に体験しているだけなのです。
(必然でも愉快は愉快ですけど)

贈り物の傘やTシャツ、そして美術館での体験などが、メッセージだと思って受け取ってみる。
そうすることで、自分の自分自身への愛を感じることが出来ます。
それはとてもとても愉快なことです。

自分の誕生日に起きたシンクロニシティ【素敵な偶然】に、祝福と感謝を贈ります。
愉快を生きる!JJ抹茶です。


「やさしさに包まれたなら」松任谷由実&荒井由実(アルバム「Faces」より)

今日の1曲は、あたしの人生のBGMであるYuming様から。
セルフカヴァーアルバムのバージョンを選択。
松任谷由実と荒井由実が一緒に歌っております。
荒井由実のみずみずしい歌声と、それを愛おしそうに見ているような松任谷由実。

さて、この歌は、下手な精神世界よりもメッセージ性が高いと思います。
荒井由実時代に書いたということは、Yumingが天才である証。

小さい頃は神さまがいて
不思議に夢をかなえてくれた
やさしい気持で目覚めた朝は
おとなになっても 奇蹟はおこるよ

カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ

小さい頃は神さまがいて
毎日愛を届けてくれた
心の奥にしまい忘れた
大切な箱 ひらくときは今

雨上がりの庭で くちなしの香りの
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ

カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ



自らの持ち物を書き出してみると、何も持ってはいないことに気づきました。
そして「生命(いのち)」だけが持っているものであると観じました。

そうすると、自らの生命(いのち)は、すべての生命の一部であると観じました。
また、その「源(はじまり)」の写しであり、分れ身であることも観じました。

あたしに「生命(いのち)」があるように、すべてのものに「生命(いのち)」がある。

そう観じたとき

目にうつる全てのことは メッセージ

という出会いの素晴らしさを歌った歌詞を実感として味わうことが出来ます。


神様は愛を届けてくれるし、夢をかなえてくれる。
そして、おとなになっても奇跡は起こる。

という「やさしさ」に包まれていることを知るときは、今、なんだと。


「神との対話」では「(神は)自らを体験的に知るために世界を創造した」と書いています。
そのために、「自分ではないものを創造した(相対性)」とも。

言い換えてみます。

永遠の生命は、自らが「生きている」ということを体験的に知るために世界を創造した。
そのために「自分ではないもの」として【死】を創造した。(相対性)
この世界は、生と死の相対性の世界となった。生は永遠でなくなり、時間に制限される。
逆にそれで「生きている」ことを体験的に知ることが可能になった。

生きていることを体験するための受け皿として、私たちは創造された。
それは肉体(感覚)と精神(感情)である。


という感じになるでしょうか。全く相似であると観じました。


「神」という言葉のカタチではなく「生命(いのち)」という言葉のカタチから観てみる。
これもありだなと。

自らの本質=生命(いのち)

これは自ら実感として観じていることです。ならば、今は無理に「神」という言葉を使わずに、どんどん観ていく、体験して知る、ということもいいのかなと。


生命(いのち)を知っているという状態で在る

ということで生きるのが今の望みです。
それはきっと、(無限の)やさしさに包まれている、と知ることです。


自らの生命(いのち)、生命の源(はじまり)に感謝と祝福を贈ります。

そして、すべての出会いはメッセージであるという素晴らしさに感謝と祝福を贈ります。

愉快を生きる!JJ抹茶です。


「シンデレラ・エクスプレス」松任谷由実(JR東海60秒CM)

今日もお盆ということで(笑)「生命」のことを考えてみます。

生命は永遠ですが、あたしたちの命には制限時間があります。

あたしたちが「持っているもの」は唯一「生命」だけであると観じました。

そして、あたしたちに課せられた制限は、唯一「時間」であると観じました。


Yumingが遠距離恋愛を歌ったこの歌は、JR東海のCMに使用されました。
東京発最終・・・これを「シンデレラエクスプレス」と名づけました。
週末のみ一緒に過ごすカップル、その残されたほうがシンデレラ。

シンデレラ 今 魔法が消えるように 列車出て行くけど
ガラスの靴 片方 彼が持ってるの


というサビで全てを表現しています。

CMの中で横山めぐみ(この頃はかわいいですなぁw)演じるシンデレラ?が
「ほんとうは・・・距離に負けそうな自分が怖いのです・・・」と語ります。
「それがわかっているから、今日たしかにあなたと逢ったことを・・・」と続きます。

制限時間があるからこそ、出逢いの価値が相対的に高まるのです。
制限時間があるからこそ、目一杯愉しもうとするのです。

人生も同じではないかと。

「いつか必ず死ぬ」という「たしかなこと」
だから人生とは生命の制限時間であると。

それがわかっているから・・・

と同じように思えるでしょうか?

だから精一杯愉しむのが人生かなと観じました。

あなたの街を濡らす雨は
もうじきここまで来る
私は傘をささず帰る
笑顔だけ抱きしめて
出会えたことをとても感謝して


わが生命、わが人生、すべての出会いに感謝と祝福を贈ります。