写真家藤原新也氏の「祈り」展。

観音菩薩の目を感じました。

 

 

 

 

 

 

灯火

明かり、熱

それらは人間の生命のように。

 

霊長類の長、(不遜な)ニンゲンの、生命も、宇宙から見れば、小さな灯火

 

 

 

写真のキャプション「遠くから眺めると ニンゲンが燃えて出すひかりは せいぜい60ワット 三時間。」

 

 

 

その我々を照らす、ひかり。太陽。

 

 

すごい数のニンゲン。

地球上のあらゆるところに。

 

それらを遍く照らす太陽。

 

 

 

死=生 を知る 顔、顔、顔

 

 

 

「顔」(表情)に依らなくとも

「仏」(光)は宿る、その象(すがた)に。

 

 

 

 

 

 

注ぐ光線は

愛撫

 

 

 

 

「光」それは、つまり、天の「視線」。

 

お天頭さまが見ている よ。

 

 

(芸大出身でもある藤原新也の画)

 

3.11の震災を思わせる画

 

お月様の視線=「光」が注ぐ

 

鎮魂の視線=「光」

癒やしの視線=「光」

 

 

 

 

 

 

慈悲の光

観音菩薩の視線

 

 

 

 

 

視線(光)のエネルギーが人に力を注ぐ

視線(光)のエネルギーが人を癒やす

 

 

 

 

藤原新也氏は、そう体感で知っている

 

 

 

 

 

「しかしに針を拾うが如く、小さな美しきものたちにレンズを向けた。」

 

 

そう語る藤原新也の「視線」が、すでに、菩薩の視線だな、と思った。

 

 

 

 

 

量子力学の世界では、観察者によって世界は変化する。

見ること・見られること、光に照らされた世界

 

 

 

 

「癒やし」を超えて、

極楽が立ち現れる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪事を暴く、真実を晒す・・・そうした視線ではなく、

「祈り」としての視線

 

 

 

この展覧会に行けてよかったです。

 

 

夫は、なんと、3回も行っていました。

そして、私の両親にも(私の父が藤原新也を好んでいたことを知り)

行くことを勧めてくれました。

 

夫にも感謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとうございます