ちょうど6年前
2015年3月の今ごろ、
わたしは足をねんざした。
生まれて初めて接骨院に行くと、こう言われた。
「できれば仕事も休んで、2、3日は安静に。
なるべく歩かない方がいい」
ちょうど3日後に、わたしはあるセミナーを申し込んでいた。
1日7時間、2日間連続のセミナー。
しかも、座学ではなく、けっこう動くという。
職場は15分くらいでつく距離だったけれど、
セミナー会場までは1時間半くらいかかる。
同じセミナーは毎月やっていて、
次の月に変更もできた。
だがしかし。
わたしはぜったいにその日にでないといけなかった。
なぜなら、
その次の4月にある別のセミナーに、どうしても出たかったからだ。
3月のそのセミナーにでたら、4月のセミナーに参加できる内容だった。
4月のセミナーは、年に1回しかないという。
絶っっ対にでたい。
捻挫から3日目だし、だいじょうぶ。
というか、たとえねんざした次の日であっても
きっとわたしは行っただろう。
そのくらい、この4月のセミナーには行かねば、
という感覚があったのだ。
4月のセミナーに絶対に出席したいから、
ねんざした足で、3月のセミナーに出た。
そして、わたしは4月末、
ぶじ、参加できた。
そして、そこで、であったのだ。
結婚する運命の人に。
あの時、
足の状況とか、お金とか、距離とか、
関係なく
行きたい、参加したい、でさえなく
「もう行くことが決まっているのだ」
と思うくらい、
当然のように参加できたのは、
ちゃんと知っていたからなんだと思う。
あの日、あの場所で、
彼と出会うことを。
人生は、理屈ではない。
どんなに理屈でがんじがらめにしてても、
本当は感覚は知っている。
あなたは一人じゃなくて、
ずっと導かれている。
未来のあなたに。
すべてを知っているあなたに。
産まれる前から決めてきた道を知っているあなたに。
それは、わたしの中では
ハッピーエンドがわかっている漫画をくりかえし
よんだときの感覚に近い。
未来に起こることはわかっている。
主人公がつらいときもあるけど、
だいじょうぶだよ、って言える。
わたしは、
その絶対的な安心感の中で生きている。
その後も夫と結婚にいたるまでの、
前兆やメッセージ、は続いたのだけど、
そのはなしはまた改めて。
あなたも、ひとりじゃないんだよ。
最大の味方、いちばんの親友、
それは、あなた自身なんだよ。
ではまた、ごきげんよう。