共依存とは、
人間関係そのものに依存するという
アディクション(嗜癖・依存症)です。

共依存の人は、
自分自身を大切にしたり
自分自身の問題に向き合うよりも、


身近な他人(配偶者、親族、恋人、友人)の
問題ばかりに気を向けて
その問題の後始末に夢中になります。


身近な人の取らなかった責任を
一生懸命代わりにとり、

結果、
現在の困った状況を
身近なその本人が
決意して解決する必要を与えず、

困った状況をそのまま続けるはめになる……
あるいはますます困った状況に
陥っていく人達のことです。


身近な他人は大きな問題 
例えば、  
アルコール依存症やギャンブル依存症、
非行や暴力、買い物中毒、仕事中毒、
絶えない人間関係のトラブルなど
を抱えているため、
共依存症の人の「共依存」という問題が
クローズ・アップされることは滅多にありません。


けれども、そういった
見た目に派手な依存症や
問題を抱えている人達の側に
かならずといっていいほどいると言われています。


共依存の人達が
問題の後始末を一生懸命してくれるので、
「困った人達本人」は「困った状況」が
「なんだかんだ言ってもなんとかなる」
と無意識で感じています。


このため問題を解決せずにほったらかしにし、
悪化させます。
この現象を指して共依存者のことを
「依存症の支え手(イネイブラー)」
と呼ぶこともあります。


ここで誤解しないでいただきたいのは、
身近な誰かが
何かの依存症にはまっているのは、
その本人に問題があるからです。


問題のない人は、
依存症に、はまりません。


共依存症者と他の依存症者が一緒にいると、
2人とも依存症がエスカレートしやすくなりますが、

共依存症者が側にいなくても、
他の依存症者は依存症にハマっています。

「私が共依存症だから、
相手がパチンコ依存症なんじゃないか」
というのは
ハッキリと間違いです。


共依存症者が側にいなければ、
他の依存症者のエスカレートは
ゆるやかになるケースが多いと言われています。

それと同じように、
他の依存症者が側にいなければ、
共依存症者のエスカレートもゆるやかになります。


立場は同等であり、
とちらにも同じように問題があります。
どちらが悪いという話しではないのです。


日本女性はとくに
「我慢して尽くすこと」が美徳だとされているので、
共依存者が多いといわれています。


ある程度までは「人間関係の潤滑油」ですが、
共依存症者にとって
その人生は他人の後始末、後始末、後始末……

他人の責任の代行ばかりで
自分のための人生を生きることができません。

自分自身の人生もみじめですし、
周囲もみじめなままになってしまいます。