2017年は、数秘学でいうところの9年周期の始まり、1の年。
いろいろなことが始まる年だ。
世の中も大きく変わっていっている。
2016年には、こんな本が出版された。
LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略
要約すると、これからの寿命は100年前後になるから、
学校、仕事、老後という3stepの人生は全く通用しなくなるよ、というもの。
つまり、ますます人の生き方は多様化し、
どんな人生にするのかを自分で設計していく必要がある。
これは一見良いことのようにも思うが、自分のビジョンがない人にとっては一大事でもある。
JOY CIRCUSが掲げているXJAPAN論でも述べているように、
今から必要とされていくのは、「自分」を生きることだ。
寿命が延び、たくさんの選択肢がある100年間の中で、
わたしたちは、家族とも、友人とも、企業とも違う生き方をしていくことになるからである。
先に述べた一大事であるが、
現代でこれを抱えている人は非常に多いように思う。
自分とは何か、自分は何が得意なのか、才能は何なのか。
自分の人生を使って何をしたいのか。
「あなたは何をしたいの?」
JOY CIRCUSでもしょっちゅう飛び交う言葉だ。
あなたはこの問いに、即座に答えられるだろうか。
無論、何をしたいかは変化していく。
求めた景色が見られたら、次の景色、と移り変わっていくのが常である。
しかし、今何をしたいか、何が得意なのかを伝えられるかどうかが、
今後生きていく上で必要不可欠なものとなる。
何故ならば。
誰かのやりたいことに乗っかる人生は、
自分の人生ではないからだ。
あえて厳しい言葉を使っているのは、
私自身がそういうタイプであったからだ。
「何をしたいか」よりも「誰としたいか」
で仕事を選び生きてきた。
それは決して悪いことではない。
事業をやるにあたり、最も大切なのは人であり、
人生を豊かにしてくれるのも人だ。
しかし、この「誰としたいか」という言葉を間違えて受け取ってはいけない。
考え方は二つある。
1. 内容はどうであっても、Aさんと一緒に仕事をしてみたい。
この人がいうことなら間違いない。
2. 自分はこういう人生を送りたくて、この才能を発揮していきたい。
この人と一緒ならそれが実現できるかもしれない。
この違いを感じていただけるだろうか。
同じように、「誰としたいか」を軸に物事を考えている2人だ。
しかし、前者の手には自分の人生の設計図がない。
後者の手にはある。
これが大きな違いである。
前者(つまり今までの筆者)の生き方をしていると、
その相手が舵取りを変えた時に、一緒にいることができなくなる。
この人が言うから一生懸命やってきたのにと、相手に依存することになる。
後者は違う。
あくまで自分の見たい世界、自分の生きたい生き方がある上での協業だ。
もし相手が違う道を選ぶことになったとしても、変わらず自分の設計図を眺めて歩んんでいけば良い。
2017年現在。
自動車業界では様々な不正が発覚。
金融業界ではAIの導入に伴い大幅な人員削減を発表。
この企業と働きたい、と思っても
10年経てばその企業が無いということはざらにある。
そこで路頭に迷うのか、設計図を頼りに止まらず歩き出せるのか。
わたしは、何をしたいかについてはあまり興味のない人間だった。
なので誰か素敵な人がいたらその人と一緒にいることに価値を置いてきた。
しかし、それで仕事を失ってきた。
人生を振り返れば、一番熱が入っていたのは、
「自分のやりたいこと」を追いかけていた時である。
自分の見たい世界があり、自分の設計図を持っている人が、
同じように自分の設計図を持っている人と共に、対等な立場で何かを創作していく。
これが新しい時代のスタンダードである。
つまり、これを最後まで読んでくださったあなた。
人の目なんぞ気にせず、目一杯はみ出していただきたいと思う。