画像と本文は関係なしよ。
恐ろしい出来事をお話します。
猛暑の中、中年二人暮らし、ペットもおらぬ我が家ではエアコンを使わないエコロジー生活を続けておるのですが、さすがの暑さに耐えかねて、ここ数年…おそらくは五年以上は一度も開けていなかった寝室のとある窓を開け放ったのですよ。
五年以上窓を開けてないうちってどんだけ…と思われることでしょうが、一方の窓は布団を干したりなど毎日開けておりまして、そちらはカーテンのレールからダンナくんの舞台衣装が累々と吊り下がるなどしておったので、面倒だから閉めきっておったのです、はい。
ホコリまみれの衣装をどかし、五年かそれ以上ぶりにカーテンを開けましたらば、ところどころ黒ずんだ、見慣れぬ肉色の物体が目に飛び込む。
いやっ、死体?! とすぐに思考がホラーサスペンスに偏るのはそういう本の読みすぎだからで、どうやら長年ベランダに落下したままの洋服らしい。
にわかに心臓がドキドキしだして、あれをきちんと確認せんければいかんと決意した私は、何年かぶりにベランダへ歩み入ったわけで。
履き物のある布団干し用のガラス戸から出て、ぐるり角を曲がって落下服へ向かったのだけど、ベランダの角にある排水溝から、触手めいたヒョロヒョロ長い葉っぱがたくさん地を這い伸びている。
うわっ、我が家のベランダは、いつの間にドゥーガル・ディクソンの世界になり果てにけるや、と思ってそれを避け、落下服地点にたどり着いた。
もとは濃いピンクだったのだろう服は日光にさらされ続けて半ば色褪せ、布地表面には黒カビがタイダイ模様に繁茂していた。
パッと見、それは半袖のTシャツのようだ。
ピンクということは、女物、私の服だろうか?
否、洒落者のダンナくんも、ピンクの服を持っている。
触るのもはばかられるカビぶりだが、とにかく確認しようと服をつかむ。
地面から服を持ち上げようとしたところ、服はバリンと砕けてしまった。
どういう作用だろうか、長年野ざらしで放置された服は、砂糖菓子のように、触れりだけでモロモロと崩れてしまうのだった。
身生地よりも丈夫らしく、なんとか原形を保っている首んとこのタグを見ると、《ARIEL》とある。アリエルって、人魚姫?
小さなシャツだから女物、もしくは子供服の可能性が高まった。
落ちた状態で固まっており、触ると砕けるため柄は確認できないが、視認できる範囲は無地であるようだ。
なんとか身頃にあるタグを探し出すと、サイズ表記は4とあるだけであとは異国の言葉で埋めつくされていた。《プチ》というのだけは読めたが、このようなタグにさっぱり覚えがない。
私の服はPJかセシールかユニクロかスポーピア・シラトリのバーゲン品ばかりなのであって、アリエルにもプチなんとかにも思いあたることはない。
もしかしたら上の階の住人の落とし物かもしれないが、触れなば崩れん、状態になったカビ尽くしのお召し物を返却しても仕方ないので、そのまま放置することに決めた。
私はお洗濯ロボットの開発を強く望む。干すときロボットが洗濯物をカウントし、取り込むときもカウントすれば、このように行方不明の、迷子の洗濯物は発生しないだろうから。
お洗濯ロボットがないから、ベランダで、今日もどこかの誰かのアリエルが朽ちていく…。