医学部の朝はそこそこ早い。
ロッカーのある女子更衣室に、白衣や教科書を置いておくのが
ふつうだった。
私などはぼやっとしているので
急ぐ朝などによく、
鍵付きロッカーの、その鍵のかかる内部ではなくして、
ロッカー上に
財布をどうどうと置き忘れたりした
ものだが、
なんと平和なことか!
昼時ランチしようとして財布がないことに
気づいた私が青くなって更衣室ロッカーにダッシュしても、
財布は朝置いたまま、中身が抜かれることもなく
ロッカーの上に放置プレイ中だったりしたものだった。
しかし事件は
起きるときには起きる。
クラスメートNちゃんが、
「私の岡嶋解剖学がない!」
と悲鳴をあげたのだ。
岡嶋解剖学とは…
学生必携アイテムとされてた1冊21000円の解剖の教科書。
彼女は解剖実習中、家に持っていかずロッカーの上に教科書を
おいていたらしかった。
医学部生しか入らないはずのロッカー室。
そのロッカー室に置かれた岡嶋解剖学。
学生なら全員が持っているはずの岡嶋解剖学。
なぜ、
岡嶋解剖学は盗まれたのか?
学生だとしたら盗む理由を思いつかない。
全員なかば義務のように購入した本、ではないか?
犯人は古書店に売り払うために盗んだのだろうか?
結局犯人は見つからず、盗まれた教科書も出てこなかった。
驚いたことに、Nちゃんは根性なのか、
盗まれたのと同じ教科書を、つまり
21000円もする岡嶋解剖学を買いなおした。
私だったら、盗まれたとしても一度買ったことで大学への義理は
果たしたことだし、再度購入したりはしなかっただろう。
Nちゃんのまじめさがうかがえる…。
プレハブ製の女子ロッカー室はひっそり
大学の裏手、一般の人は近づかない場所にあったんだけれど、
施錠をし忘れれば当然外部の人も入れるのね。
だから外部犯の可能性も捨てきれない。
でも、外部犯ならいくらモトが高価といえど、分厚くて重たい
解剖学書だけを盗んでいくだろうか。
ロッカーでほかに盗まれたものは、なかったのである。
今も解けぬ医学部のミステリーだった…。
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