私がまだ大学病院で学ぶ研修医だったころ。
たいへんに研修医から恐れられている先生がおられた。
そのお方を仮に
角膜先生と呼ぶ。
角膜先生は、たいへんにクールでクレバーで
切れ者なドクターだったのだが、
違う意味でもキレたのである。
研修医が単純ミスをした時。
研修医が質問に答えられなかった時。
患者さんがダダをこねた時。
そして、
ベイスターズが
負けた時。
角膜先生は雷オヤジと化して、
研修医を怒鳴り散らすのだ…
私はじかに怒鳴られたことは幸いなかったけれど、
二年目研修医の恐れぶりからしてそれはそれはすごいの
だろう、と想像するのみだった。
たとえキレキレモードでなくとも怒鳴らなくとも、
角膜先生のご機嫌が悪くなってくると、たちまちわかる。
周囲に静電気でも放射されているかのような、
ピリピリとした空気…
なんとも居心地の悪いムードになるからなのだ。
角膜先生がピリピリはりつめてくると、研修医たちは
「誰かセンセの後ろで
ベイスタ~ズ~ってささやいてきて!」
と、笑えぬ冗談を言ってはおびえふるえるのだった。
そんな厳しき角膜先生だが、病気のお子様には優しかった。
角膜先生が手術なさったお子様が、
退院し術後検診にこられた時。
検査もとくに問題ないとして診察が終わった。
ありがとうございます、
お母様が角膜先生にお礼を言ったそのとき!
お子様、
まるで戦隊もののヒーローのように
ビシッと角膜先生を指さし、
「こいつは悪いヤツだっ!
ボクがやっつけてやる!
とあ~~っ!」
と足を振り上げたのである…。
凍る研修医たち。
瞬間高速冷凍。
ぴききっ。
お子様には甘い角膜先生も、さすがに笑顔がひきつったが、
お母様がお子様をおさえ、帰っていかれたので
怒りの噴火は避けられたのだった…。
対決の場に居合わせた研修医たちは、
「いや~、
どうなっちゃうのかヒヤヒヤしたよね」
「子供って痛いめに遭わされたら
悪いヤツって言うねんなー」
「でも、よくぞ言ってくれた!って
ちょっぴり思わなかった…?」
などと、怒りの矛先が向かなかった安堵から、
勝手なことをおしゃべりしていたのだった。
治療の意味のわからないくらい小さなお子様には、
きらわれちゃうこともある…でも、メゲない。
ひきつりかけたけれどリカバーし、
ポーカーフェイスでやりすごした角膜先生に、
人間味を感じた一瞬であった。
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