先日の文化の日は、前日までの雨天とはうってかわり気持ちのいいお天気となりました。晴れたらお出掛けする予定でしたので、朝早くに家を出ました。
JR大阪環状線、京都線を乗り継いで山崎駅で降車し、山側に向かって登って行きます。
見上げるともみじのようでしたが、紅葉するまでもう少しかかりそうな鮮やかな緑色でした。
10時の開門を待って、庭園を通り抜けて見えてきた目的地は
アンドリュー・ワイエス(1917-2009)は、アメリカの国民的画家として知られます。
若きワイエスが後に妻となるベッツィの紹介で、クリスティーナとアルヴァロのオルソン姉弟に出会ったのは1939年のこと。以来30年にわたり、ワイエスは姉弟とその邸宅であるオルソン・ハウスをモチーフに絵を描き続けます。
当時、オルソン・ハウスには40代半ばとなるこの姉弟2人だけが住んでいました。手入れが行き届かず、屋敷は既に衰退の兆しを見せていましたが、穏やかに慎ましく暮らす2人と静かな屋敷をワイエスは慕っていたといいます。
オルソン家の納屋のツバメ
(1953年)水彩/紙
丸沼芸術の森 所蔵
他の作品とおなじように写真撮影は叶わなかったのですが、暗い納屋に窓から射す光、ツバメが舞っています。ツバメの羽音が聞こえてきそうな作品でした。
納屋のツバメ(《さらされた場所》習作)
(1965年)水彩・鉛筆/紙
丸沼芸術の森 所蔵
この2枚の作品を見て、オルソン・ハウスはツバメがやってくる家だったのだなと、それまでの張り詰めた空気をやぶってこころがフッと緩んだ思いがしました。
今までわたしが住んだ家でツバメが巣を作ったことはありませんでしたが、子どもの頃、毎年春になるとツバメがやってくる家が近くにあって、これについて母に「ツバメが巣をつくるのは縁起のいいこと」と教えてもらったことがありました。
《海からの風》習作
(1947年)水彩/紙
丸沼芸術の森 所蔵
ある夏の日、オルソン・ハウスの屋根裏部屋に上がり、少し窓を開けて外を眺めていたワイエスは、刺繍がほどこされた古いレースのカーテンが海からの風によって吹き上げられるのを目にします。この出来事に感動した画家は、そのようすを何枚も描きとめました。ワイエスの創作意欲をかき立てるのは、まさにこういった何気ない日常にひそむ一瞬の光景でした。
オルソンの家
(1969年)水彩/紙
丸沼芸術の森 所蔵
オルソン姉弟がこの世を去り、住人を失ったあとのオルソン・ハウスが雪原の上にたたずんでいます。家の周囲に舞い散る雪は白い絵の具の飛沫によって、窓の下枠にうっすらと見える積雪は塗りのこされた紙の白さであらわされており、さらに屋根の端に積もった雪は彩色した後、引っかき削りとって露出した紙そのものの白さで表現されています。さまざまな手法の生む効果によって、冬のオルソン・ハウスを包む大気の冷たさが伝わってくるようです。
オルソン・ハウスに関するワイエスの言葉が残っています。
“私はオルソン・ハウスを「建物」として描こうとは思わなかった。単なる家の肖像ではなく、クリスティーナとアルヴァロが私にとって大切な存在であるのと同じように、大切なものとして描いた。”
展覧会最終章は「《クリスティーナの世界》への道程」とタイトルがつけられていて、ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵の作品のための習作が展示されていました。
《クリスティーナの世界》習作
(1948年)水彩・ドライブラッシュ/紙
丸沼芸術の森 所蔵
《クリスティーナの世界》をMoMAのホームページよりここに。
この作品を学生の頃に美術の教科書で観た記憶がよみがえりました。ワイエスの代表作であり、20世紀のアメリカ絵画で最も有名な作品のひとつとされています。
この日の展覧会を鑑賞するうちに、この作品のモデルであるクリスティーナの足が不自由なこと、作者のアンドリュー・ワイエスの父親が踏み切り事故で亡くなったことなどを思い出しました。思えば、わたしが子どもの頃にはワイエスはご存命で、その頃から教科書に載るくらいですから凄い作家さんだったことがわかります。
(1948年)テンペラ/パネル
ニューヨーク近代美術館 MoMA 所蔵
モティーフの数が最小限に削ぎ落とされた非現実的ともいえる空間に身を置き、左手を前に伸ばして家の方を向く女性の姿は、静かでありながらどこか意思の強さも感じさせ、見る者の心をつかみます。ワイエスのもとには生前、《クリスティーナの世界》は自分の肖像画だ、と記された手紙が年に何百通も届いていたといいます。本作は、実在の人物や場所が基盤になりながらも、画家の画才豊かな表現力により、現実を超越した普遍的な魅力を放つ作品になっています。それがゆえに、わたしたちは丘に向かおうとする後ろ姿に自らの境遇を投影し、画面に惹きつけられるのかもしれません。
ワイエスの活躍した時代、特にアメリカの芸術は目まぐるしくそのスタイルが変わる激動の時代でしたが、彼は一貫して自身のリアリズムを追い求めたことで知られています。流行に左右されず、自身の表現を追求したワイエスは、アメリカの国民的画家と評されるまでになったのです。
主催者のあいさつと並んでワイエスの孫娘さんのことばが、展覧会のはじまりのお部屋にありました。その一部をメモして帰ってきたので残しておこうと思います。











