ボクが子供の頃は、長雨の最中に母親が「この雨が行ってしまうと、本格的な夏が来るんだよ」とか、夏の終わりには「一雨ごとに涼しくなっていくねぇ」なんて、季節の変わり目の気候が今よりもはっきりしていた気がする。最近は、いつの間にか梅雨に入り、いつの間にか梅雨が明け、いつの間にか夏のど真ん中にいて、はっとしたりする。この分だと、いつの間にかこの夏も終わってしまうのだろうか? 
あの頃、母親にそう云われると、ボクには去っていく梅雨が確実に見えていたし、そのあとすぐに入道雲がもくもくと姿を現し、その存在をボクにアピールしてくれていた。効果音抜群の蝉時雨とともに、いやというほどの夏をボクは全身で感じられていた。東京のど真ん中で育ったわりに、子供の頃のボクは、わりと自然を感じながら暮らしていたように思う。高台に座していた代々木上原のボロアパートは、いつも風に吹きさらされていて、ガタガタとガラス戸がうるさく揺れていた。薄い屋根のお陰で、ちょっとした雨音もすぐに感知できた。都会に住んでいても、周りに格別豊かな緑がなくても、風とか、雨とか、湿気を、今よりも数倍体感できていたように思う。特に夏は、体感できるものが多い。
暑くても冷房なんてつけていない夜が多かったように思う。そんなとき我が家ではスダレをおろし、窓を開け、蚊取り線香の匂いが漂っていた。隣の家からナイターの野球中継が聴こえていた。あの夏は、もう永遠に来ないのかなと思うと、寂しいね。