一人旅を勧めておいて、ボク自身が無性に旅に出たくなった。
イメージは、海外のどこか、英語圏外がいい。ボクにとって海外への旅とは、不自由さを求めることである。その最たるもの、言葉が通じない。ボクは18でアメリカに行った。英語なんてしゃべれなくても、どうにかなるだろうとタカをくくって行った。しかし、本当にどうにもならなかった。もっと英語を勉強しておけば・・と月並みなことも思った。でも、たまたま知り合った日本人が「私は英語の大学を優秀な成績で卒業したのに、全然言葉が通じないので困っている」というのを聴き、日本の英語の成績は関係ないのか?
「ナラバ、アキラメルノハ、マダハヤイ」
と気を取り直し、気がつけばそのあと何年もそこに住んでいる自分がいたんだ。
言葉が通じないと、通じたときの感動は一入(ひとしお)だ。
こんなとき、ボクらのココロは自然と「幸せのハードル」を一段下げている。
だから「Check Please (お勘定お願いしマース) 」と云って、伝票がさっとテーブルに運ばれてくるだけで、「オオ、ワタシノ英語がワカルンダネ。ココノ店員、サービス、グーッド」なんて感動してしまう。
そんな風に、慣れた毎日から脱皮し、ちょっとした不自由さや不便さの中に身を置くことで、幸せのハードルを下げる。
これは旅の大切なエッセンスのひとつなんだよね。