突然の訃報――
自分のペースとは裏腹に世界は刻一刻と変化して行く。
いつもマイペースな彼女だったから、
まさかこんなことになっていたなんて思ってもいなかった。
また、俺の中で大切にしていた拘りが一つ消える。
ZARD坂井泉水は、これまでの俺の人生を明るく照らしてくれた。
初めてZARDのアルバムを買ったのは、
『TODAY IS ANOTHER DAY』だった。
このアルバムが出るまでにZARDの存在を知ってはいたけれど、
特別な意識などは持っていなかった。
何かに導かれるようにしてこのアルバムを手にした俺は
人生で初めての衝撃を受けることになった。
それまでの俺は音楽をメロディや曲のノリだけで楽しんでいた。
その価値観を打ち壊し、気持ち良く心の中に溶け込んで来る詞の世界。
彼女の紡ぎ出す歌詞と歌声の調和に安らぎを感じるようだった。
当時、どのアーティストのアルバムも
収録された全ての曲を気に入るなんてことはなかったけれど、
このアルバムは他とは明らかに違っていた。
俺は突き動かされるように、前作、前々作のアルバムだった
『OH MY LOVE』、『forever you』を買いに走り、何度も聴き浸った。
彼女の歌詞には難しい言葉の言い回しが無く、
飾らない素直な想いだけが綴られていたように思う。
歌詞の情景に自然と溶け込んで行くような不思議な感覚が確かにあった。
ZARDはポップな曲調で清涼感のある声から明るい印象も強かった。
だが、歌詞の多くはいつも孤独と葛藤し、
どこか切なさを感じさせるものが多かった。
そして、それを振り払おうとする前向きな想い。
時に表現される少女のような純粋な想い。
深く愛し愛されたいと願う等身大の彼女が
いつもそこに居たような気がする。
「心配しなくてもずっと傍に居るから。」
そう言って優しく包み込みたくなるような理想の女性像を
俺はその世界に重ねていた。
今の俺にはこのフレーズが一番強く浮かんで来る。
「誰かに必要とされたいから 誰かのために頑張ってる」
これが彼女の生き方そのものだったように思えてならない。
関係者によれば、彼女は常に周りに気を配り、
気丈な態度で振舞う女性であったようだ。
闘病生活のことも数少ない関係者にしか明かしていなかったようだが、
周りを心配させまいとずっと一人で病と闘っていたのかもしれない。
不安や苦しみもたくさんあったことだろう。
彼女に一番近い場所でその孤独を拭い去ってくれた人は、
果たして存在していたのだろうか。
たくさんの人を励ましながらも自らはいつも孤独だったとしたら、
とても切なくて居た堪れない気持ちになる。
「もう頑張らなくてもいいよ」
最期はそんな声が聞こえていたのかもしれない。
全ての人間に平等に与えられた限りある果敢無い命。
いつ誰に何があっても不思議ではない。
俺は全ての人が後悔の無い人生を歩むことを切に願う。
そして、彼女の世界にあったような誰かを愛する気持ちを大切にしたい。
彼女はその世界に触れた多くの人たちに、
きっと大切なものをたくさん遺してくれたことだろう。
その歌声は永遠に誰かを勇気付けてくれるに違いない。
そして、俺もまたずっと…。
心からご冥福をお祈りしています。
今までたくさんの夢をありがとう。