シルク・ド・ソレイユ クーザ。


震災後、公演を中止していたけど、先週の土曜日から再開。ずっと前から楽しみにしていたので


ギリギリだったけど再開してくれてよかった!


クーザとは、サンスクリット語で「宝箱」という意味。


本当に宝箱から出てきたみたいに、アーティストたちが美しい衣装を着て舞う。


サーカスであるので、すごい技を披露し、すごいことをしているのだけど、


そしてもちろんそれらがすごいということも肌で感じるんだけど


それでも美しい衣装を着て「舞う」「跳ぶ」という感覚を持って舞台を見つめる。


まさにShow。


細かいところまでの一つ一つの所作が本当に美しく


ロープ一つの下ろし方までも美しさが計算されている。


どうしたらこんなにすごい技と美しさを紡ぎ合わせることができるんだろう。


これまで、コルテオ、ZED と見で感動したけど


このクーザも本当に心を動かされる。



有川 浩 「阪急電車」。


関西に住んだことがないので、実際には阪急電車から見る風景や雰囲気を知らない。


でも、この本を読むとその情景が目に浮かぶよう。


毎日乗る電車だけど、色々な人間模様があることは当然。


それを小気味良い物語にし、本当にあった話のように紡いでいる。


袖触り合うも多生の縁。


小さい縁の中で、気づかされたり、励まされたり、納得したり。


人と触れあうことっていいな、と思わせてくれる作品。

今日は余震が多い・・・。


3/11は自宅にいたので、地震が会社にいる時に起こった時のすごさは


今日まで知らずにいた。


今日の夕方の余震は東京で震度4・・・。


30F建の26Fのオフィスは海を進む船のように揺れた。


3/11はどれほど大変だったろうと、想像するのも恐ろしい。


今日でちょうど1ヶ月。


1ヶ月経つのに、状況はあまり進んでいないようにも見える。


でも、みんな歯を食いしばって懸命に復興に向けて力を合わせている。


国内でも、海外でも応援している。


がんばろう、日本。

中島京子 「桐畑家の縁談」。


「さようなら、コタツ」に入っていた短編の一つに登場した露子と妹を含む桐畑家のお話。

それぞれが個性的で、でも、よくありそうな、そんな一家が微妙なバランスを保ち

家族をやっている。

よくある家族のようで、ちょっと変わっているようで、きっと結構幸せな一家。

露子の、どこか不安で、どこか正直で、どこかに憤りを感じている日々にも共感が持てる。

この前直木賞を受賞した中島京子さんの作品をいくつか読んだが、どれも気取りのない

等身大の人間や生活が描かれているような感じで、好感が持てる。

「本棚にある英和辞典、あげてもいい?」と実家から連絡。


知人のお姉さまが東日本大震災で被災し、


中学生のお嬢さんが英和辞書がなくて困っているとのこと。


何年も前のもので、もう古いけど、それでも良いと。


家で眠っている辞書、お役に立てるなら、ぜひぜひ使ってほしい。


「このマンガもあげてもいい?」と再度実家から連絡。


大好きで半ば永久保存版として実家に保管してあったマンガ。


それで被災地の人々が少しでも笑顔になれるのであれば、


ぜひぜひそうしてほしい。


ほっこりと、優しく、ほほ笑むことができるお話しだから、


きっとみんな大好きなはず。


「動物のお医者さん」


これからチョビが、被災地の人々を癒しに行きます。


待っててくださいね。



今年の春の訪れは、去年の春より遅くって


桜もやっと満開に近づいた。


今年も待ちに待った桜の開花。


徐々に花開いていく桜を毎日眺めて


「あ、昨日よりちょっと多く咲いている」とか


「昨日とあまり変わらないな」とか


「ほんとにきれいだなぁ」とか。


そんな風に観察したり


うっとりしたり


はらはらと散っていく姿を見て


人の儚さと重ね合わせたりして


毎日の楽しみや心配事が


いつもより一つ増えたみたいに。


外を歩いたり


外を眺める時は


なんだかウキウキわくわくしたり


感傷に浸ったり。


春ならではの高揚感を味わう。


でも、なかなか春の神様は意地悪で


「もうすぐ満開!」という時に


強い風を吹いてみたり


雨を降らしたりして


地上の私たちをはらはらさせる。


そんな風に桜を少しいじめた方が


人間たちが桜を心配したり、いたわったりして


より強く桜に思いを馳せ


印象を深めるからなのか。


毎年見る桜は毎年違う印象を持つ。


その時々の自分の置かれている状況が違うから


近くにいる人が違うから


そして、去年はこうだった


その前の年はこうだった


そんな風に、


自分の近くにいてくれる人を思う。


今年初めて桜を楽しむ人もいれば


今年が最後になってしまう人もいる。


今年一緒に楽しむのが最後になってしまう人もいれば


今年はあの人と一緒に楽しめなかった


もう一緒に楽しめることはできない ということもある。


折角満開近く咲き誇った桜を


どうか今年も存分に楽しませて。



寒空の中に、可憐に咲く桜。


毎年、咲く同じ桜だけど


毎年違う思いを抱きながら、桜を迎える。


今年桜を眺めながら思う思いは、


去年のそれとは違う。


いろんな思いを乗せて


美しく咲き、美しく散って。


また来年の出逢いを待つ。



Note

お見舞いに病院に行った。


震災直後だからかもしれないけど、


病院に行くのが久しぶりだからかもしれないけど、


なんだか不思議な空間に思えた。


ここにいる人達は、


患者さんも、その家族も、お見舞いに来るお友達や知り合いも


そしてそこで働く医療従事者も


医療事務スタッフも、売店や喫茶店の人たちも


みんな「病」に立ち向かって闘っているように思えた。


もちろん、病を受け入れてどう受け入れて、どう付き合っていくかという


そんな闘い方もあって


闘い方は人それぞれだけど


頑張って、願って、祈って、


日常に戻れること


日常に戻すこと


全くに日常に戻れなくても、より日常に再び近づくこと


みんな同じ目標に向かっている


負のエネルギーが詰まっている場所にも思えるけど


全然逆で、前に向かっていく、希望に向かっていこうとする


正のエネルギーにあふれている。


きっと被災地も


今は不安や心配や、悲しみや空虚な感情が多いと思うけど


それらはきっと、


日常に戻るための復興のエネルギーに変わっていくに違いない。


そのために、微力ではあるけど


できることを。


未来を創る子供たちが希望を持てるお手伝いを。



重松清 「ブランケット・キャッツ」


レンタル猫の仕事を淡々と全うする猫たち。


どの猫もIQ高く、感性も高い。


自分の役割を理解し、その役割をこなしながら


家族を一つに結び付けるための、プラスαな行動も


人間にその「意図的」なところを悟られないように


巧妙におこなう。


人って、家族って、こんなことでそれぞれの大切さや


ちょっとしたつながりや気持ちの通じあいを


認識することができるんだよね、と思える。


人はちょっとしたきっかけさえあれば、思いやりをもちながら


つながりを続けられる。


それはほんとうに小さなつまらない見落としがちなことだったりする。


猫に教わることだって、実際に本当にあるのかもしれない。



年が明けて3カ月で


日本中に、大きな大きな、大変な試練が訪れてしまった。


徐々に復興に向けて動き出している一方


まだまだ予断を許さないことも


まだまだ復興なんてところまでいっていないことも


たくさんある。


自分に何ができるのか。


突き詰めていくと、


私は何のためにここにいるのか。


なぜこの瞬間に、何をするために生かされているのか


そんなことも思ってみたりする。


今日は自分にとっても大きな節目の一日。


明日からは私にとって新しい1年となる。


よく考えてみよう。よく感じてみよう。


耳を澄まして。


心をすまして。


何をするために、今 ここにいるのか。