「のり弁」文書① 城野遺跡の現地保存を断念した北九州市の情報開示
国も県も市も極めて重要な遺跡と認めていたのに、北九州市は当初の現地保存から移築保存・記録保存に方針を変更したのは何故か?私たちは2015年12月7日に北九州市に対し「城野遺跡の現地保存を断念するに至る国・県との交渉の経過と結果を示す会議録などすべての行政資料」の情報開示請求をしました。翌年1月18日に「行政文書一部開示決定通知書」とともに届いた行政文書は、日時、場所、協議参加者、図面と写真、最後の「保存計画の変更について」の一部以外は黒く塗りつぶされ、国や県との協議内容は一切開示されませんでした。なんと79枚のうち31枚は一面真っ黒で一字もありません。どうしてここまで隠さなければならないのか・・・。北九州市の「のり弁」文書をご覧ください。私たちは、北九州市情報公開条例第1条の「市の保有する情報の一層の公開を図り、もって市政に関し市民に説明する責務が全うされるようにし、市民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な市政の推進に資することを目的とする」に反するとして異議申し立てをし、現在、情報公開審査会で審査中です。協議内容が一切開示されなかったことで、北九州市への不信と疑問がますます大きくなっています。市民に説明できない保存計画の変更(現地保存の断念)であったのであれば、城野遺跡がつぶされる前に、国・県と協力し、土地取得のために地権者である大手建設会社と一刻も早く協議すべきです。城野遺跡はつぶされたら取り返しがつきません。城野遺跡は市民の大切な歴史的財産です。ところで、福岡県には国指定の史跡が85件(特別史跡5件を含む)ありますが、北九州市には国指定の史跡が1件もありません。また、遺跡を保存・整備し、一般市民に公開している本格的な遺跡公園も1つもありません。