北九州市の埋蔵文化財行政の是非を問う⑲

遺跡の価値を引き出す舞台装置

 

※「くらしと福祉 北九州」202251日号の転載(平和とくらしを守る北九州市民の会発行)です。転載が遅れているため、このブログ記事に記載されている時期等は「くらしと福祉 北九州」の発行当時の時期であることをご了承ください。

 

そもそも、「九州最大規模の方形周溝墓」発掘現地を市有地として手に入れた文化企画課はどのような保存・整備をもくろんでいたのだろうか。

 

その土地が遺跡の所在する台地で最も高所にあること、その眼下には同時期の城野ムラに生活する弥生人の日々の営みが眺められること、そして東を望むと、方形周溝墓に向かって足立山の美しい姿が山裾を広げながら迫ってくること【写真1】…、通常はこうした地理的景観と周辺環境を意識した遺跡保存や整備目標が事前に立てられているはずであるが、どうもこの部署の職員たちにはそのコンセプトが皆無のようである。

 

【写真1】城野遺跡からみた足立山

現地に立つと、美しい山裾が遺跡に向かって手を広げているように感じられた。現在、この景色は見ることができない。

 

第一、その巨大さゆえに突出する価値を持つ方形周溝墓は、わずか外回り1mが市有地の境界線となっており、それより東と南は建設用地に明け渡してしまっているのだ。

 

方形周溝墓を保存するのなら、巨大さを実感できるくらいの引きの距離感が必要であり、境界部分の植樹や柵囲いの建設スペースも考慮すれば、【写真2】の白点線で示す範囲は最低限購入すべき土地であるし、現に残された大地部分も方形周溝墓の環境を物語る重要な舞台装置といえよう。サイコロステーキのように切り取った遺跡範囲確保では、景観面で大きな損失といえるであろうし、少なくとも前回述べたような、開発業者による方形周溝墓部分の一部損壊は防げたのである。

 

【写真2】空からみた史跡指定範囲(太線部分)

太線の範囲だけの保存では、方形周溝墓の巨大さが実感できない。写真上側(東側)の地続き部分も含め保存されていたら(白い点線部分)、方形周溝墓の損壊は避けられていた。

 

 

また、方形周溝墓の東側至近距離には10階建て高層マンションが建設され、その向こうに見えた足立山の眺望も完全に失われてしまった【写真3】。もちろん墓の南側も商業施設とその駐車場が隣接しており、そこに遺跡があるとは、誰も気づかない閉ざされた空間になっているのである。

 

【写真3】遺跡に隣接する高層マンション

方形周溝墓の至近距離に建てられている10階建て高層マンション(左端)により、遺跡の存在すら道路からは確認しづらい。当時の台地上が低地になってしまった。

 

 

本来、最も高所であった現地が最も低地になった今、どうしてそこが権力者の子供二人が大切に埋葬された墓域であるとイメージできるだろうか。

 

再度述べるが、この方形周溝墓の希少性は、その巨大さにあるだけではない。葬られた二人の子供のために、この大きな墓を築いたことの意味、その子らの親の社会的地位、また二人の子供を葬った箱式石棺内部に残された驚くべき痕跡、つまり大量の赤色顔料塗布の目的や、南棺木口石に描かれた謎の絵画文様、子供の首に飾られた貴重な玉製品の数々……。それらは、まず方形周溝墓現地を訪れた市民が、その歴史的空間をイメージでき、そこに立った時の感動を体験するために語られる事実のひとつひとつなのである。

 

北九州市の財政が厳しいのは十分わかるが、せっかく福岡県史跡として残すのなら、また保存整備・復元を目指そうとするのなら、その歴史的価値を高めるためにはどのような方策が必要であるのかをもっと議論し、結論すべきであったと考える。

 

城野遺跡方形周溝墓の現地は今現在保存整備が終了し、この会誌本号が届く頃には開園している予定であるが、そこにたどり着くまでにはさらに所管課の不始末が重ねられていったのである。(次号に続く)

 

 【寄稿/佐藤浩司氏のプロフィール】

1955年福岡県生まれ、九州大学文学部史学科卒業。1979年北九州市教育文化事業団(現・市芸術文化振興財団)入所。埋蔵文化財調査室で開発事業に伴う城野遺跡をはじめ市内の数多くの遺跡の発掘調査に携わり、2015年4月室長に就任後、2020年3月退職。2014年から日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会の幹事として九州各地の文化財保護にも携わる。現在、北九州市立大学非常勤講師、日本考古学協会会員

 

 

◆連載 “北九州市の埋蔵文化財行政の是非を問う” 掲載一覧◆ ( )は掲載日 

 第1回 “ザル法の中身”(2021.3.28)

 第2回 “望まれる組織体制の充実” (2021.4.25)

 第3回 “邪魔者扱いの遺物たち” (2021.5.29)

 第4回 “遺跡を守るのは誰?” (2021.6.17)

 第5回 “埋蔵文化財センター移転問題” (2021.8.1)

 第6回 “遺跡の保存・整備に疑問①” (2021.8.23)

 第7回 “遺跡の保存・整備に疑問②” (2021.9.21)

 第8回 “遺跡の保存・整備に疑問③” (2021.10.18)

 第9回 “遺跡の保存・整備に疑問④” (2021.12.29)

 第10回 “驚くほどに文化の砂漠” (2022.2.6)

 第11回 “さらに続く低次元の文化財行政” (2022.10.4)

 第12回 “金の使い道” (2023.1.31)

 第13回 “続・金の使い道” (2023.4.23)

 第14回 “歴史の重みが台無しに…” (2023.5.31)

 第15回 “通らぬ論理” (2023.7.10)

 第16回 “職務怠慢のシナリオ” (2023.8.30)

 第17回 “人の褌で相撲を取る ”(2023.11.26)

 第18回 “度重なる不信感” (2024.2.21)

 第19回“遺跡の価値を引き出す舞台装置”(今回)

 

 

■動画「城野遺跡 朱塗り石棺の謎」(2017年1月公開 約14分)

城野遺跡の発掘調査を担当した佐藤浩司氏が九州最大級の方形周溝墓で発見された箱式石棺2基の発掘調査にあたり、「世紀の発見かもしれない」と2ヵ月半、約3時間撮り続けた唯一のビデオ記録を城野遺跡の全体像がわかるように約14分に編集したものです。↓をクリックしてご覧ください。

https://youtu.be/QxvY4FBnXq0

 

■動画「城野遺跡 実録80分『弥生墓制の真の姿』」(2022年6月公開 約80分)

上記ビデオ記録を約80分にカットしたものです。撮影当時の佐藤氏のコメントとともに発掘現場の声や音もはいっており、発掘調査の歴史的瞬間の感動がよみがえります。↓をクリックしてご覧ください。

https://youtu.be/qafp00zCTzQ?t=10