北九州市の埋蔵文化財行政の是非を問う ④

遺跡を守るのは誰?”

 

ほとんどの都道府県市町村の自治体には、埋蔵文化財を取り扱う部署が存在する。北九州市の場合は北九州市市民文化スポーツ局文化企画課である。かつては市教育委員会の管轄で、文化課、保護管理課、文化財課と名称を変え現在に至っているが、現在埋蔵文化財を取り扱うのは文化企画課のなかの一つの係である「埋蔵文化財担当」の部署なのである(図1)。

 

【図1】文化財の文字が表れるのが2ランク下になっている北九州市

 

 

他の部署には「係」の名が冠されているのだが、ここは「担当」となって、係にもなっていない。普通の感覚なら、「係」のなかに「○○担当、△△担当」とあって、その担当者が割り当てられていると思うのだが、そうはなっていないのである。

 

一方、別の係として存在する「文化財係」は(1)文化財の保存および活用、(2)地域固有の伝統芸能および民俗芸能の振興、を主な業務としており、最近では北九州市を代表するまつり「小倉祇園太鼓」を国指定の重要無形民俗文化財に押し上げた部署である。

 

このように、行政の組織割りをみても、埋蔵文化財は他の部署と比べて低く位置づけられている感は拭えない。

 

前々回にも紹介したが、同じ福岡県にあって福岡市の場合は文化財を扱う「部」があり、そのもとに「埋蔵文化財課」、また横並びに「文化財活用課」や「史跡整備課」など、文化財部門の諸業務を一括管理・統括する体制が確立されているのである(図1参照)。

 

文化財に特化した「部」の組織をもつ福岡市、かたや、以前は「文化財課」の時期もあったのに現在は「部」も「課」もなく、「係」しかも「係」の冠すらついていない「担当」に位置づけられ、それに甘んじている「埋蔵文化財担当」の北九州市とは雲泥の差が存在するのである。

 

社会情勢の変化や多様化する市民のニーズを反映した結果の組織再編が進んでいる北九州市であるが、教育や文化、芸術、スポーツなど異業種部門を統合してより大きな部署とする組織改革は、一見横との連携強化につながっているかに見えるが、内実は人員削減のシナリオが前提として存在し、それぞれの部署の特長や独自性を活かした組織の発展や行政サービス向上には支障となっている部分も多く、職員間の事務分掌が曖昧にもなることも加わって業務が停滞、やがてはその部署の役割も十分に発揮できなくなる事態に陥るのではないだろうか。今一度根本的な、そしてまっとうな組織強化を願いたいものである。

 

その文化企画課であるが、今から3年ほど前に気になるブログがネット上にあがっていた。

 

なんでも、小倉南区の住宅建設に先立って行われた試掘調査で、柱穴などの遺構が検出されたにもかかわらず、それがわずかであったため、発掘調査には当たらないと判断された、というものである。その場所は埋蔵文化財の包蔵地内であったとも書かれているので、なおさら私はびっくりしたのである。

 

ブログの投稿者名を明記することは差し控えるが、民間の工務店を営む業者のようである。以下はブログの抜粋になる。

 

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…結果、昔の家の柱の跡が出てきましたが、密度が希薄であるため発掘調査の必要はありませんでした。(1)

ただし、掘削工事を行う際は調査員の方の立会調査が必要との事で、基礎の掘り方をする時に来てもらうことになりました。土器じゃなかった!!(― ―)!! 今回の工事は凄く珍しい展開です。(2)(傍線は筆者による)

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私はびっくりして、しばらくブログを見ながら唖然としていたのを思い出す。なしにろ、遺跡があるにもかかわらず開発OKの判断をしていること……しかも、それが文化財があらかじめ存在すると明示された「文化財包蔵地」内=周知の遺跡として遺跡台帳と遺跡分布地図に登録・記載されている場所なのに、である。

 

このブログでは、試掘の様子を写真でも投稿しており、以下に転載しておくが、どうだろう。文化財担当職員2名が立ち会いながら、試掘トレンチを調査している情景(写真1)。そのトレンチ内でいくつかの遺構(柱穴)がみつかったため、そそくさと発掘している情景(写真2)が映っているではないか。

 

【写真1】重機を使っての試掘調査風景

 

 

【写真2】見つかった遺構を掘り下げている様子

 

 

通常、試掘トレンチで遺構がみつかれば、いくら希薄だったとしても周囲に遺構が広がっていることを想定して、さらに綿密な確認をするのが常識であるのに、上記の傍線(1)のように判断していること、また、業者が傍線(2)で示すように、この判断を「普通は発掘調査にいたるはずなのに、目こぼししてもらってラッキー!」とでも言っているかに聞こえるのである。

 

文化財保護法にのっとり、遺跡を守る役目の文化財担当職員がこれでは、北九州市の遺跡がつぶされていくのも無理はない、と痛感した事例である。

 

 

【寄稿/佐藤浩司氏のプロフィール】 

1955年福岡県生まれ、九州大学文学部史学科卒業。1979年北九州市教育文化事業団(現・市芸術文化振興財団)入所。埋蔵文化財調査室で開発事業に伴う城野遺跡をはじめ市内の数多くの遺跡の発掘調査に携わり、2015年4月室長に就任後、2020年3月退職。2014年から日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会の幹事として九州各地の文化財保護にも携わる。現在、福岡市埋蔵文化財課勤務、北九州市立大学非常勤講師。

 

※なお、この連載は平和とくらしを守る北九州市民の会が発行している「くらしと福祉 北九州」に連載されている記事です。転載をご快諾いただきありがとうございます。