昨日と今日、なんだかやっと色んな友人たちに連絡ができた。

完全じゃないけど一昨日までの自分ではない。


なんでこんなに気持ちを切り替えられたのかなとふと考える。


なんでかな。


要因になりそうなことがいくつか浮かぶ。


いや、でもそれじゃないかもしれない。


とか、やっぱりわからないけど、なんにせよ今はとても清々しい。



時折、友人たちにはもう関わらないほうが迷惑がかからないのかなと考えるのだけど。。。

傷つけた人がたくさんいる。

けど過去は変えられない。

申し訳ない気持ちを忘れることはない。

これは忘れないでいい、記憶していたい。



返信があるって安心する、ホッとするんだ。

そのことに改めて気づかされた。


私の場合、返信がないことでずっと頭が占拠されて暗い方に向かっていって、心配で苦しくて苦しくて、そして何かが切れて、何かが薄くなっていって、離れるのかもしれない。

それでもいいのかも。


けど、相手にそれをするのは違う。

本当に申し訳ない。

故意じゃないにせよ、もうしたくない。

そのためには健康第一。



みんなが自分と同じ考えだとは思わないけど、

やっぱり

元気?

と聞いたら、

元気だよ。

って返ってきてくれることは一見簡単な会話なんだけど、普遍的なことじゃない。

複雑でありながらも、いろんなタイミングと縁が重なったかけがえのないもの。


今は、返信がなくてもそれが答えだから、そういうことならもう手放そうと思えるくらい心が強くなっている、自分のせいなんだと理由がわかるからだ。


今の自分に向き合ってくれる人を大切にしていきたい。


「過去は人生の糧 重荷にしない」

 福田こうへい



数人の友人たちと再会の予定を立てた。

その日を楽しみにして日々過ごそう。

会ってくれる友人に感謝。

お風呂に腕時計をしたまま入って、浴槽をためたので掛け湯を2回ほど左腕にしてしまった。

かけてから気づいた。

すぐに外してタオルで拭いて今は動いているけど、時間が経って壊れないといいなぁ。

疲れてたのかなぁ。



友人に久しぶりに連絡をして、最後に話したときのプライベートな内容のことが今はどうなっているか聞いた。

送信して、そういえばと思い、友人のSNSを見たらそのことの答えになるようなことが書かれていた。

そのことは私が自分に戻ったときふと会話を思い出したことで、おかしな自分の時には友人にも触れもしていなかった。

思い出してから、ずっと気になっていて今はもっと話を聞けたのではないかと悔やまれる。


自分のSNSのアカウントは時々入るけど、普段使っているアカウントではあまり友人たちをフォローしていないので、友人たちの投稿した内容をリアルタイムで知ることができない。

もどかしいことだし、それなら自分のアカウントに戻ればいいのだと思うけど、まだ自分の中で昇華するには時間が必要だ。



ついにイヤフォンのイヤーピースが両耳なくなってしまい、家の何処かに今まで貯めてたスペアがあると数日探すが見つからなかった。

今外に出てて、家電量販店があったのでイヤーピースだけ買おうの入店。

売り場に行くとサイズ毎に売られている。

自分の耳の穴が何サイズなのか意識したことがなかった。

意識していないのなら大抵Мサイズなのだろうと思って探すが、ことごとく売られているメーカーのМサイズが欠品している。

入荷しないのだろうか。

ついLでも大丈夫かなと商品を見るが、つけたことのない大きさ。

たぶん自分はМサイズで、他にないかと見るけど様々なイヤーピースがあって奥が深すぎる。

値段もピンからキリまである。(ピンが最上、キリが最低)

結局携帯と同じメーカーの手頃な値段のイヤフォンを買った。

今はハンズフリーが付いているタイプを。

いいイヤフォンはまた今度別で買おうと思う。


ただ、手頃だったけれど同じメーカーで相性がいいのか音がいい。

良かった。

低音が聴こえるって大切だ。

日記を書くときに、前に書いたものを読み直して確認するようにしようと思っていたのに忘れていた。

今思い出して、前の日記を読むと、イメージがいめーびになっていた。

なんじゃそりゃ。


変なことを書いているのに、もっと変なことになっている。

ばかやろう。

けど、この日記を書いたので訂正はしないでおく。



今朝は数日前からの朝起きてからの眠い眠いが解けて、爽やかに早めに起きれた。


涼しい。


腰上まであった髪を今年に入って肩くらいにしたのだけど、今日は結ばずに過ごせた。

カラーをもうしなくなっていて長く経ち、今は自分の髪の毛の色になっている。


カラーをする意欲が沸かない。


8月にショートにするかと、いとこの美容室を調べた。

名前が変わっている。

まさか閉店して別の店になったのかと思ったが、SNSを調べると店名の変更らしい。

その投稿が、またいとこらしいというか、変更したことに意味はないし由来もないとのこと、思いついた単語で、念のため調べると「水の神」って意味があったらしい。

変わった単語だからなんだろうと思ったが、さすが叔母の息子である。


移転したい考えが最近出てきていると聞いた。

今のところはゆっくりしている地域だし、都心からは少し離れているからかな。


応援したいと思い、予約できる日の電車を調べると、用事がある日なのでけっこうタイトだった。

うーん、悩む。

しばし悩もう。



ライブのチケットを発券した。

久しぶりに生歌を聴けると思うと楽しみだ。

最後にライブに行ったときの自分はおかしかったなぁと笑えない事実だ。

今の自分で塗り替えたい。



少し前にライブが詰まった月があったことを嬉しい散財という書き方をしたような気がするけど、散財という言葉は適当ではないなと考え直す。

言葉は難しい。



今日は歩いていて久しぶりにモンシロチョウを見た。

紋白蝶と書けるようだ。

子供の頃にしか意識したことのない蝶だと思った。

2匹が仲良くひらひら舞っていて、なんだか心が洗われた。



昨夜は少し遅くに眠ったので、今日は早めに眠りたい。

今日、手紙をもらった。

励ましが書いてあった。

心が温かくなった。

感謝。



私は耳が少し悪いのかもしれない。

耳がいいと思うときもあるのだけど、今日は悪いのかもと思った。

人の滑舌の悪さとかではなく、聞いた言葉をしっかり認知できないまま、自分なりに考えて変換して返答すると、全く違う内容だったらしくトンチな返しになってしまい、笑われる。

笑われることは全く何も思わないのだけど、繰り返されると、聞いてる方も笑えなくなる。

笑いを提供できているならいいと思いつつ、自分がただの阿呆に思われるのに後ろ髪を引かれるような感覚がある。


あと、

お腹が空いた、山小屋に行きてぇー

と言われた方がいて、てっきり山で食べる山岳飯が食べたいのかなと思って

山登りが趣味なんですか

と聞いたら、山小屋というラーメン屋さんのことだったらしく、その方は吹き出していた。

やべーと笑っていた。



ある場所で食事会があったらしく、そのことを話した方がいて、私は勝手にその場所でのBBQのいめーびがあったので、やきそばと聞こえたつもりで、

やはり焼きそばが有名なんですね

と言うとまた場が笑いに包まれた。

やきそばなんて言葉は全く言ってなかったらしく、滑舌が悪くてごめんねと謝られ、申し訳なかった。



冗談を冗談と気づかずに、聞き間違えもあってそのままそのことについて真面目に答えると、それも笑われたりする。

あーーって顔に相手がなっていて、それに私が?と反応してわちゃわちゃ。


用心用心。



さっき、乗換案内で色々調べていて、ふと場所の名前を調べようとInstagramを開くと、インスタ配信があり、最後の一曲しか聴けなかった。

悲しす。


けど、一曲は聴けたのだから良しとしよう。

新しい携帯にして配信の通知を設定していなかったらしい。

次こそは。



眠い。

朝のシャワーの時間をとれないかもしれないから、なんとかお風呂に入って寝ましょう。

今日、ふと会って間もない方が私を見て、

言われたことを全部受け止めているけど、大丈夫?

と心配そうに言った。


びっくりして、少し言葉が出なくて、涙が目にたまってきた。


聞き流したり受け流してもいいことも全て受け止めているように見えたらしい。


いいこと、悪いことかということで驚いたのではなくて、そんな自分に気づいていないことに驚いて涙が出た。


その方は心配して言ってくださったのだし、嫌な思いなどしていないのに涙が出たことが申し訳なかった。

その方自身優しい方なので、色んなことに気づく方なのかも。


私は自分の限界に気づけない人間だから、それが自然とそのように見えたのだろうか。

受け流す、流さないの判断をすぐにできないので一旦全て真に受けているかも。


それとも無意識に無理をしているのかと自問自答もしたけど、そのことで今まで失敗もしてきているから、今日言ってくださったのはありがたいこと。


気づきだ。


周りの方も、自分がストップをかけるからね、と言ってくださり優しさを感じた。


余力を残して取り組もう。

100%ではなくて、20%の余力を残すくらいの気持ちでやるんだと自分に暗示をかけよう。


昔から、走り方が綺麗だから走りが得意に思われがちで、実際はそんなに走れない、という自分だ。

つまり何事も一見やれそうに見えるけど、実際はやれないみたいな。


だから、期待過多なときもあるので、しっかり自己申告していかねばならない。



自分を知ることは自分を守ることなんだと改めて考えさせられた。



昨夜は早くにバタンキューだったが、今夜はどうかな。




今日は予定が何もなくて、遅くに起きてからぼうーっとしてた。

U-NEXTで日比谷音楽祭の配信をしていてつけて流していた。

本日2回目にここをポチポチ。

日比谷音楽祭のことはあまり知らないのだけど、亀田誠治さん主催のものだ。



「レイリ」、青年マンガの部類に入るのか詳しいことはわからないのだけど、こういう作品と出会うためにいろんな漫画を読んでいるのかもと思える作品だった。

一本の大作映画を観ていたような気分になる。


作中は戦国時代の人が刀で切ったり切られたりと過激が表現があるけど、物語には必要な衝撃。

原作の方の作品は全部読んでるし評価が高いけど、絵を描かれた漫画家さんの表現力あってこその作品だ。

そこも見込まれてタッグが組まれたのだと思う。


作品から得られることがとても多い。

クスッと笑うところもありつつ、感情の機微がセリフだけではないところでも感じれる。

悲しさもあるし、ちょっと前に読んだから覚えてないけど私は泣いたように思う。


読むまで存在を知らずにいて、話題になっていないのかなと疑問を思うけど、読んでる人は読んでいるのかな。

恋愛漫画やほのぼの漫画もいいけど、こういう漫画を読むとガツンとくる。


読む漫画のジャンルは偏りがあるけど、自分の中にない新鮮なテーマや読んだあと振り返って自分に落とし込めたり、何か感じ取れるものが好きだったりするけど、淡々としたシュールな笑いのものも読む。


なんだかここまできて、「レイリ」を読み直すことにして中断した。


泣いたと思うとか書いたけど、嘘、今また何度も泣いてしまっていた。

時代考証がしっかりしていて、実際の史実の中にフィクションであろうとも隙のないストーリーが組み込まれている。

レイリの成長する姿は、最後読み終わったあとの読後感で清々しさを覚えて気持ちがいい。



日比谷音楽祭の配信の合間のBGMがギターのソロで、ふと岸部眞明さんを思い出した。

「奇跡の山」のCDが出た頃に目の前でライブを拝聴したことがあるのだけど、本当に素晴らしくて、今でもその中の「樹氷の輝き」が好きだ。

配信アプリでは「Shine Of Silver Thaw」となっていて探すのに時間がかかった。

世界的に人気があるから英語にしているのかな。

YouTubeで実際に弾いてる動画があって、食い入るように観た。



行きたいライブが来月あったのだけど、悩んでいるうちに行けなくなった。

もう一つ行きたいライブがあるが、休みの希望はもう出せないので、万が一休みかどうかわかって休みだったらチケットを取ろうと思う。



新しいことの始まりがあり少し緊張もするけど、不安は手放そう。




最近、コンビニのファミリーマートで買えるグミサプリを毎日食べている。

UHA味覚糖から出ているのだけど、一日二粒を目安に食べることで栄養素を摂れるというものだ。

マルチビタミンと鉄&葉酸と亜鉛&マカの3種類。

始めは鉄&葉酸だけ買って食べていたけど、なんだか体調が良くなった気がして残りの2つも食べ始めた。


サプリを錠剤で摂るより味が自分は好みだし、グミってもう食べることがなくなっていたけど口の感触がなんだか楽しい。


マルチビタミンはビタミンDの不足がうつ状態と関わるというのを知って、亜鉛&マカは疲労回復のために選んだ。



今は日頃の健康管理と日々を健やかに過ごすことを念頭にしている。

やりたいことがあったときは強行突破することもあるけど、無理をして破綻してしまう前にしっかり考えてストッパーを設ける。

もし破綻しても、しっかりリカバーするために動けば自責の念にとらわれることはない。

疲れているときはもう何もしないというか、今は何もしなくていいんだと自堕落な自分にもOKを出す。


演歌歌手の福田こうへいさん、そんなに詳しく存じ上げないのだけど、歌番組で歌の終わりに自分で書いた言葉を読み上げていて、

「過去は人生の糧 重荷にしない」

とてもよい言葉だと思った。


自分の人生なのだから、悔いばかりするのではなく、そのことやものをこれから先への糧にすればいいのだと受け取り、なんだか自分を肯定してくれている気になった。


たとえば、病と切り離せない人生だけど、そんな自分でいいのだと思う。

病のない自分は想像ができないし、より快適なこともあるのかもしれないけど、全てを含めて今の自分を作っているだと今は思えている。

悪くなっている渦中はそんなこと思えないのだけど、自分に戻れた時にそう思える自分がいることを嬉しく思う。

もちろん周りの理解があること、恵まれていることに感謝を忘れてはいけない。


だから、今の人生のどこに自分が立っているのかわからないけど、その時の自分のベストを選んで日々を重ねていけたらと思う。

目の前のことをコツコツ淡々とこなしていきたい。

その中に好きなことや、ものに触れて刺激やエッセンスとして彩っていけたら。



漫画の「レイリ」のことを書こうと思ったけど、長くなったからまた今度書こうと思う。




資格の試験の結果をネットで見た。


合格していた。


信じられなくて、驚いている。



今日は午前中からゆっくりできたので、さっきギターを弾いた。

エレアコの方はナットが外れてしまったので修理に出さないといけなくなっていて、ガットギターを弾いた。

最後に弦を替えたのはいつなのか当たり前に錆びている。

こちらの弦も買っておかなければな。


流れで使っているギターはどちらもYAMAHAだ。

弾いていたピアノがYAMAHAだったせいではないけど、ギターを選んだときに選択候補にははじめから入っていたように思う。

味方っていうか初心者に優しいイメージが勝手にあった。


爪弾いていたのだけど、ふと何回も歌ってきたカバーを歌えるかやってみると案外歌えた。

こっちも驚いた。

歌詞を覚えているし、指も覚えていた。

人生で一番歌っている洋楽の曲だ。


あとはなんとなく練習していたけど、通しで歌ったことなかった「blackbird」をタブ譜を見ながら弾いてみるとけっこう覚えていた。

ギターを弾くのに一生懸命で好きな歌の方は一緒にまだ歌ったことがない。

歌えるようになろうと思う。


チューナーがなくて、音叉で調弦したのだけど、自分の感覚だからズレていたらイヤだなぁ。

ただ聞き心地が悪くなければといいとも思う自分がいる。

エレアコの内臓のチューナーの合わせ方が下手だし、KORGのチューナーはよく壊していた。

音叉のラは裏切らない。



今、色んなHzの音が聞ける。

〇〇Hzの音はこういう音ってけっこうぶっ飛んでいる動画があるけどある程度聴いたりする。

いずれ未来では周波数で病気も治るっていうようなものも見た気がする。


いろんなパン屋さんのひたすらパンを作っている動画のチャンネルがあるんだけど、好きだ。


最近パンを食べていない、だから少し痩せたのかな。

また暴食気味で戻りつつあるがな。



彫刻家の方の美術館に行ってきた。

前情報をほとんど調べずに行った。


果てしなくとても良かった。

吹き抜けの部屋に何メートルあるのか、その彫刻たちはもう迫力がすごい。


別館の入り口に入った瞬間、目の前に広がる壁一面の彫刻に驚きで「わあっ」て声が出てしまった。

あんな不意打ちなかなかない。


ある部屋の展示では涙が出てきて、拭いながらひとつひとつ見た。


お弟子さん達の展示も良かった。


欲しい彫刻のポストカードがなかったので、展示されているお寺までは実際に見に行けない作品集を買った。



帰りにホームセンターのようなところがあったので、セロームという観葉植物を買った。

名前が書いておらず、店員さんを引き留めて聞くと、「セロームかなぁ」と持っていた携帯で写真を撮ってGoogleレンズで調べていた。

数が多くてまだ覚えきれてないそうで、よく使うらしい。

こりゃ便利だと思った。


AIとかChatGPTとか携帯のそういう機能はまだなんとなく使えずにいる。

人間が淘汰されるのではないかとか、変な不安があってなるべくまだ使わないでいいところはそのままでいたい。


緑を思う存分育てたことがない。

枯らしそうという認識があるので、しっかり育てたい。



この間、資格の試験を受けた。

国家資格だと思っていたのだけど、よく調べると民間資格だった。

ここでどれだけその資格や試験について自分が調べていないかがよくわかる。


民間資格と分かって少し肩の荷が下りて取り組んでいた。

当日、会場では厳しいセキュリティのもと始まった。


受け始めると、聞いていた問題形式と違うし、過去問の問題文章は全く出てこなくて初めて見る問題ばかりだった。

PC上でテキストを振り返れると聞いていたので暗記する必要はないと聞いてたが、テキストのボタンがないし表示もなかった。

単語など暗記してないといけない穴埋め問題などがあった。

途中悩んでブザーを押して試験官に質問した。

テキストが見れると聞いていたが、今自分としては見当たらない。自分の操作ミスではないか。答えられる範囲で教えてほしいと聞いた。

問題によってテキストのあるものとないものがありますと言われた。


納得して、次の試験を始めたら、そこにはテキストがあった。

ただ、その試験もやったことのない問題だらけ。

テキストを見返すと、答えがひっくり返るものばかりでこりゃもうダメかもーっと思いながら時間いっぱい解いていた。


一緒に試験を受けた人のなかには、さすがいるなぁという超短時間で試験を終える人がいて、立ち上がって部屋を出ていく音を聞いて、すごーいと少しほくそ笑みながら問題を解く自分がいた。


試験が終わって、会場を出て報告の電話をした。

全く勉強した問題と同じようなものが出てこなかったと伝えると、傾向が変わったかなと言っていた。

電話を切って、試験、傾向が変わった、と検索すると、去年から変わって難易度を上げたと書いてあった。


貸してもらったテキストは一昨年からさかのぼって4年分で、参考にしたYouTubeの対策チャンネルも6年前のものだった。

周りの方々の簡単だよという言葉を鵜呑みにして、この試験について調べず、新しいテキストを取り寄せるか否かを検討した結果、4年分あるから大丈夫かなと安易に考えた自分が恨めしい。


結果は明日出ると思う。

少しでも出来たと思うところがあったら望みがあるけれど、出来なかったという感想があるので、今はただ一度受けたから傾向は分かったので、次回受けた時に受かるようにしたいという思いがある。


まぁ、まずは終わってかなり気が抜けているけど、少しゆっくりしてまた頑張る。


早朝、リフレッシュにコンビニに行った。

帰りにサンダルを脱いで少し裸足で歩いた。

少ししてからすぐ履いた。

何してるんだか。


曲をランダムで聴いてたんだけど、聴いたことがあるけどすぐ覚えがない曲が流れてきてタイトルとバンド名を見た。

確かではないけど、友人に教えてもらった曲かもしれないと思った。

和訳を調べてみて、前に感じたものとは違うことを思った。

前は大事な人を歌った曲なのかもしれないと思ったのだけど、今回は怖いくらい独占欲、支配欲を感じる曲だと思った。

友人は後者のことを伝えたかったのではないかと今頃思い出してしまった。

すぐに共感できず申し訳なかった。



曲の捉え方って人それぞれで、聴く人のもとに届いた時点できっとそれは作者の意図と違っていてもいいものだ。

実際そう言っているミュージシャンもいるのでいいのだと思う。

聴く人は作者がどういう気持ちで作ったのか汲み取りたいと思う気持ちも時にある。

ただ、作者が言わない限りそれはわからないので堂々巡りだとは思う。


昔ある曲を歌ったとき、その時は純粋にその曲が好きで歌った。

ただ、少し前にその曲を聴いた時に、全然詞の捉え方が全く変わってしまって、雷みたいにショックを受けるくらいで、今となってはよく歌ったなと思った。

悪い意味ではなく、歌うことでその歌詞を自分が体現していることにピンときていなかったので、浅はかで馬鹿野郎って感じだ。

もっと感じて歌えよ、と思った。

今もその曲は好きだ。

なんなら新しい解釈でより好きになってしまった。


曲のどこを好きになるかっていうのは、曲によって違うのだけど、やっぱり詞は大切だ。

ただ、詞のことにずっと目がいってしまって深読みばかりしていては、その曲が本来持つ素晴らしさや雰囲気、その他で感じられる何かを逃してしまう気もするので、理想は心をニュートラルにして聴きたい。


うん、でもなんだかんだ音楽を聞くときはバカになってもいいのだよな。

そういうことを何も考えないでいいってことだ。


長く何を書いたんだかと思うのだけど、結局は心の感じたままに。



Amebaブログでおすすめのブログを読んだらやたらと広告がある。

もしかして私のこの日記にも広告があるのだろうか。

そういう設定はしていないのだけど、もし読んでる方がいて広告があるのなら申し訳なく思う。

広告がじれったかった。