【おちよ と おちょぼ】 | Josyu Entertainment

Josyu Entertainment

上州の魅力を、エンターテイメントを通じて発信することを目的に活動を行う団体です。





「ちょぼをいじめたら、お姉ちゃんが、許さないぞ!!」


活発で迫力ある声と共に、男の子たちが一斉に逃げてゆく。


おちょぼは幼い頃からその愛らしさで人気があったが、それゆえ男の子たちから度々"裏返し"のからかいに合っていた。


「ちよ姉、ありがとう」

その度に、おちよは竹ボウキをドンと構えておちょぼを守っている。

背丈はないが、まるでその姿は女大将。



おちよの特徴は、溢れ出る元気そのもの。
無意識ではあるが「自然と人に元気を与えられる」ことが特技。


何事にも明るく前向きなおちよと、何事にも一生懸命なおちょぼの相性は抜群。

二人は、どこに行くにもいつも一緒だ。
おちよが行くところにおちょぼが付いて回る、と言った方が正しいのかもしれない。

おちよも、そんなおちょぼをとても可愛がっていた。




それはまるで、




本当の妹のように―







おちょぼは、おちよを姉であると思いこんで疑うこともない。


その実、おちよの家は商人として別にある。
武家である海野(うんの)家より、おちょぼの見守り役を命じられていた。

その為おちよは「海野家の娘」として公にもなっている。


同性であること、また年齢の近さから、姉妹ということにした方が何かと都合が良いであろうと、そのような取り決めが行われていたのである。


おちよは当然、そのことを知らされていた。
守るべき相手が武家の娘であり、自分の命に変えてでも守らなければならない。
そう、教えられていた。


だがおちよは、教えがどうこうなど関係ない。

おちょぼと一緒にいて「本当の姉妹」同然であると思っているし、自分がおちょぼを守っていくのだと当たり前のように思っている。


血こそ繋がってはいないが、おちよとおちょぼは誰が疑う必要もない「自他ともに認める姉妹」なのである。


しかし、そんな揺るぎない関係に亀裂が入ることになるとは、誰もが予想していなかった。






当時の“家”というものは、存続するか滅びるかは明日になってみなければ分からない「一寸先は闇」の時代。


おちょぼの父は突如、謀反の疑いをかけられた末に死没。
祖父である矢沢頼綱に預けられることとなる。


その結果、失われたものが二つ。

一つは、おちょぼの家そのもの。
もう一つは、おちよがおちょぼを守るという〝使命〟




戦国の世は、平然と姉妹の絆を引き裂いた。




─真田使いの臣が、おちよの家へと訪れる。


挨拶もそこそこに、「海野の命は無効である」と二人の姉妹関係を破棄する内容を告げ、会うことすら禁ずる誓書を提示、署名するよう促した。


おちよの実親は、おちよ自身に危険が及ぶ可能性を考慮してこれを承諾する。


しかし当然、おちよはそんな話しを易々と飲める筈がない。
おちょぼは、今が一番守ってあげなくてはならない時のはずだ。


署名されかけた誓書を奪いとると、こればかりはお許しを!と懇願した。


いくら懇願したところで、権力を持たない商人の娘では、どうしようもないことは分かっている
それに使いで来ている臣に決定権もないので、到底認められる筈もない。


それでも、引き下がるわけにはいかない。
おちよは声を枯らし、頭を床に何度も擦り付けた。



ややあって、使いの臣はこれに根負けしたか不憫に思ったのか、「別れを言うため一度だけ面会を取り計らう。しかしそれを最後としなければ、二人ともやむを得ないことになる」と情けを与え、決して口外しないことを条件とした。

使いの臣の勝手な判断が明るみになれば、その臣も咎めにあう。



おちよは、断腸の思いでそれを承諾した。





別れを告げに会うことがどれほど辛いか。

だが「守ってあげられない」ことを伝えるのが、おちょぼへの最後の責任だと腹を括った。






約束の日。

おちよは一人で約束の場所へと到着した。

朝からずっと、泣きたい衝動を抑えていた。


少し遅れて、おちょぼが見張りと共に姿を現した。

おちよの姿を見つけるなり、おちょぼは笑顔で飛びついた。




「ちよ姉!!どこに行ってたの?会いたかった!」


「うん…あの、ごめんね。大変な時に…傍にいてあげられなくて…


声が震えてしまった。
気持ちが崩れれば、すぐにでも泣いてしまいそうだ。


「ううん、大丈夫!えへへ…ちよ姉が来てくれて、もう安心したから!」


嬉しそうな笑顔を見せるおちょぼとは対照的に、私はきっと辛辣な顔を見せているのだろう。



私に、嘘の笑顔なんかできない。




「ちょぼ…そのことなんだけど…」

おちょぼは首を捻って言葉の続きを待つ。


「ちょぼ、これからは、一人で、その……」



「…頑張ってね」



「…え?」

おちょぼは、何言ってるの?と苦笑いしている。

おちょぼは困っても笑顔を崩さない癖がある。



その顔を見て突如、頭が真っ白になった。




(会えて嬉しいね!)



(元気だった?)



(いじめられてない?)



(お腹はすいてない?)



(今日は何して遊ぼっか!)




―真っ白だった頭に、おちょぼに向かって明るく話しかけようとする自分の言葉の数々が、走馬灯のように駆け巡る。




すると、自分の中で何かが弾けた。





「私は…そう。ちょぼに別れを言いに来たの。ちょぼとは、これでお別れ」


おちょぼの目がビー玉のように丸まった。


「え…どうして?私、ちよ姉と一緒にいたい!」


「ううん。ちょぼとは、もう一緒にいられないの」


「だからどうして?!ちよ姉がいなくなっちゃったら、私一人になっちゃう!」


「ごめんね、もう行くね。ちょぼ、元気でね」


目は虚ろだが、平然と口が回る。



「…なんで?!お姉ちゃん!ちょぼが嫌いになったの?!やだっ!やだよ!!」

おちょぼが泣きながら飛び跳ね、おちよの着物の袖を上下に引っ張る。


おちよは顔を強ばらせ、言い放った。



「離してっ!!」



「私はあなたのお姉ちゃんなんかじゃない!もう二度と、二度と会わないから!!」


そう叫ぶと、おちよはおちょぼの手を振りほどき、脱兎のごとく駆け出した。


背中からは、まるで親とはぐれた子どものような悲鳴が聞こえる。
今まで一度も、おちょぼのそんな声を聞いた事がない。


おちよはその声から逃れるように、無心で走り続けた。







―霧雨が、視界を遮るほど白く漂っている。


どこまで走ったのだろうか。


走っても走っても、振りほどけない何かが身を纏っているような気がした。


だが疲れ果てて、もう動けない。
東屋を見つけると、そこでがっくりと腰を落として茫然とする。


しばらくして冷静になると、おちょぼの悲鳴がけたたましく頭をよぎった。



(おねぇちゃんっ!!)




…私は


私は何ということをしてしまったのか。



事情を説明して、無理にでも笑顔で別れれば良かったのではないか?


…でも私は強くない。

それではきっと別れを惜しんで、また会える方法を考えようとしてしまうかもしれない。


そうなってはだめだ。



それならいっそのこと、強引に終わらせた方がいいと思った。



・・だがちょぼはどうだろう。

ただ私に突き放されただけだ。
家を失って、ただでさえ辛いはずなのに。

私がちょぼの立場なら、きっと立ち直れない。



これは、私の独りよがりだ。



そう思うと、別れの悲しみとは別に、凄まじい後悔と罪悪感がおちよを襲った。



自分は、ちょぼにとってお姉さんでなければならない。


でも、こんな姉ならいない方が良かった。



「ちょぼ…ごめんなさい。こんな…こんな偽物の姉で…ごめんなさい…」


霧がまとまった粒となり、辺りに打ちつけている。
風の音なのだろうか、反響した悲しい歌のようなものが聴こえてくる。


おちよは、子どものようにわんわん泣いた。

ずっと、泣き止むことはなかった。


その姿に、“元気で明るいお姉ちゃん”だったおちよの面影は、どこにもなかった。




                                                               つづく








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


まもなく梅雨が明け、夏が来る。

夏と言えば、よく近くの河原で水遊びをした。


着物が濡れても気にもせず、照りつける日射しと、気持ちよくそよぐ風で乾かしたものだ。


二人、仲良く。


おちよは一人、そんな思い出のある河原にいた。


思い出に浸りに来たわけではない。
家の使いでここを通ったから、何となく立ち止まっただけだ。



河原に限らず、思い出の場所はいくつもある。


はじめはそんな場所を通る度、口を“へ”の字に曲げて溢れ出そうな涙を我慢した。


でも私ができることは、離れていてもちょぼの“お姉ちゃん”でいること。


泣き虫のお姉ちゃんなんか、きっと頼りない。


元気で強いからこそ、「ちょぼのお姉ちゃん」と胸を張れるのだ。




道草がてら、平たい石を投げて水切りをした。
石はちょんちょんと飛び跳ね、やがて姿を消す。


「…ちょぼ、元気にしてるかな。」



不器用なおちょぼは、何回水切りをしても「ちゃぽん!」と音をたて、水しぶきをあげるだけ。

そのしぶきが顔にかかり、おちょぼはしかめっ面をしている。


そんな光景を思い出し、クスっと笑った。


そう。

泣いているより、笑っている方がいい。


いつかどこかで、ちょぼがまたちょっかいを出されていたら、強いお姉ちゃんが助けなきゃ。


今はもう、どんなことがあっても泣かない自信がある。
それが、私にできる“強さ”だと思った。


おちよは「よし!」と拳を握り、使いの続きへと向かった。






─カラッと晴れた空に、容赦なく太陽の光が降り注ぐ。


「今年は例年に増して暑い!」


そんなお決まりの会話が聞こえてくるような夏の到来。


夏の暑さもなんのその、おちよは今日も家の使いで走る。

商人の娘であるおちよの“使い”とは、つまり「お代の集金」なのだが、おちよが任されているのにはわけがある。


集金に居留守を使う者も多いが、おちよは玄関先でハツラツと挨拶をする。

応答がないと何度も呼ぶのだが、その度に威勢のいい声が響き、近隣が何事かと伺いに出る。

すると、騒ぎになっては困る家主が渋々と出てきて支払いを済ます。

それが自然体のおちよにあっては、決して嫌がらせの意図はなく、結果的な集金率の良さに親も信頼を置いて任せていたのだ。



そんなおちよが今回集金した先は、立派な屋敷が建ち並ぶ初めての場所。


「ごめんくださーいっ!!」


目の前にそびえる大きな門に向かって、おちよは高らかと呼び掛ける。

すると門の脇にある扉から門番らしい兵が出てきて用件を聞くと、入れ替わりに一人の少女が姿を見せた。


鋭い目でおちよを覗きこむ。
高潔で気品漂う“まさにお嬢様”と言った感じだ。

少女から布で包まれたお代を渡されると、肩掛けの袋にしまいこむ。


「ありがとうございました!またお願いします!!」


おちよはいつもの元気な笑顔でお礼をした。

この笑顔と挨拶で「おちよの集金は気持ちが良い」と客からよく言われている。


少女は顔色を変えずにおちよを直視していたが、次に予想もしない言葉を口にした。


「羨ましい」


「え…?」
(??羨ましい?)


戸惑うおちよに構わず、少女は襟から紙を取り出して言った。


「この書状を、町の飛脚に渡して欲しい」

「お願い」

少女はしっかりとおちよを見る。


「…え、は、はい!」


脈絡のない頼みではあるが、断る理由もなく、また何より断ってはいけない気がして引き受けた。


「私は“みつ”。きっとまた、会いましょう」

最後にそう言うと、足早に屋敷へと戻って行く。

完全に少女のペースではあったが、不思議と嫌な気はしていない。


今は深く考えず、とにかく家へ戻ることを急ぐ。

用が済んだら長居は無用だ。



裕福な者たちが住まいとしているこの地域一帯は、おちよの身なりでは少し場違いな印象を受ける。


その証拠に、走る自分に向けてなんとなく周囲の視線を感じる。

似つかわしくない者がいる違和感で見られているのだろうか。


おちよ自身居心地の悪さを感じていたため、とにかく早くここを抜けようと走っていた、その時だった。



どさっ!!



体が突然、勢いよく地面に叩きつけられる。


転倒した衝撃からすぐには立ち上がれずにいると、頭上から声がした。


「お前、ここで何してんだ?」


自分の周りに男が数人近づいてくる。
どうやら、そのうちの一人にわざと足を引っかけられたようだ。


「盗みでも働いて逃げてんじゃねぇか?」


また一人が、おちよの肩から提げた袋を奪い取り、中を確かめる。


「おいおい、やっぱり違いねぇ!不相応な金が入ってやがる。こいつぁ盗人だ!」


「ち、違う、それは集金のお金!返して!」


おちよは、痛む体を片手で押さえながら起き上がる。


「嘘をつくなっ!」


出した手を払いのけられると、その勢いでまた地面に突っ伏してしまった。


「盗みを認めたら、この金を預かるだけで放免にしてやる」


この騒ぎで、徐々に野次馬が集まり始めている。

何とか再び立ち上がるも、壁に追い込まれながらいわれのない詰問を受けている。


いくら否定しても、そうだと決めつけられては話しにならない。
何より、怖くなって否定する声もままならない。

野次馬たちがぞろぞろ集まり、「よそから盗人が入った」とでも会話をしているのだろうか。
蔑んだような横目で視線を送る。


誰かが庇(かば)ってくれることを期待した。

だが、誰も庇ってはくれない。


周囲の全てが敵に見える。



おちよは半ば、諦めていた。


場にそぐわない見ず知らずのよそ者が、大金を持って走っていたのだ。


盗人として疑われるのも仕方のないことなのだろう。

野次馬の全てが私を疑っているわけではないだろうが、庇ったところで余計な面倒を受けるかもしれない。


それならやはり、事の始まりとして疑われた私が悪いのだ。


私がお金を盗んだと言って終わるなら、嘘でも盗んだと認めるのが良いのだろう…




…そう納得しかけて、自分を疑った。


それで本当に良いのだろうか。



いや、それで良いわけがない。


私が野次馬なら、どうするだろう。


相手が違うと言うのなら、怖くても私はきっと助けに入る。
本当かどうかは、その後でいい。
なぜなら、“今”が怖いはずだからだ。


盗みなんてしていない。
私は何も悪くなんかない。


おちよは、一瞬でも自分が悪いと納得しかけたことを情けなく思った。


…私は相変わらず弱い。


でも、強くなるって決めたはずだ。
誰も助けてくれないなら、私が私を守るしかない。



「認めないなら、どうなるか分かってるんだろうなぁっ!?」


考えていて聞こえなかったが、未だ声を荒げている。
野次馬がいることで、更に勢い付いているようだ。

裕福な者のはずなのに、品性のかけらもない。




(私は悪くない…)


おちよは目を瞑って念じた。

そうすることで、弱い自分に打ち克とうとする。


(私は何も悪いことはしていない…)


(悪いことをしていない私をいじめたら…)


(…許さない!!)


自己暗示で怒りが込み上げる。


そして遂に顔をあげ、言い放つ。







「お姉ちゃんをいじめたら、私が許さないっ!!」






…?

私が言ったのだろうか?
怒りで自分のことを誤ってお姉ちゃんと言ってしまったのか。


いや、違う。
おちよの目の前には、おちよを庇うような背中がある。


突然の状況に、おちよは硬直した。



「なんだこのガキ!どけ!!」

その背中の向こうで、怒声が響く。



「誰がガキじゃ」


すると、更に横槍が入った。

声の主は毅然と腕を組み、ただ者ではない雰囲気を醸している。


「うるせぇ!部外者は引っ込んで…………」


「げっ!!こいつは真田の」
「誰が鬼嫁じゃ!!!!」

「い、いえ、申し上げておりませ…!」
「同義!!」

「ひーっ!!」


その掛け合いは、まるで予定調和のようにテンポがよい。


これまでの威勢から、相手は一転してその場から逃げようとする。
しかし、すぐに複数の護衛らしき兵に捕まり、ねじ伏せられた。


「奥方様。この人相は、この辺りで荒らしを行っていた輩で間違い御座いませぬ」


「左様か。妾(わらわ)に暴言を吐いた罪も重いのう。引っ捕らえい!」


「言ってない!!!」


一人の兵が悪党から集金袋を取り上げると、おちよの物か?と目を合わせ、頷くなり手渡した。


奥方様と呼ばれていた方は、兵と共に悪党を引き連れ去ってゆく。


まるで、嵐のような展開だった。



それまでいた野次馬も、一連を見届けるなり散り散りに退散して行く。


残ったのは前にある背中だ。
もちろん、見覚えがある。


おちよは、止まっていた自分の時をゆっくりと流すように口を開く。



「…ちょ、ちょぼ……?」


目の前の背中が、勢い良く振り返る。

「お姉ちゃんっ!!」


紛れもなく、おちょぼだ。


おちょぼは躊躇せずおちよに抱きついた。


信じられない状況に、戸惑いを隠せない。


何か話しをしなければ。
でも、何を話そう。


「…あ、あのね」


「ちよ、弱かったからお着物汚れちゃった…」


実際、おちよは転がった衝撃で土まみれだ。


抱きついたおちょぼの着物が汚れてしまうことを案じたのだが、おちょぼは返答せずグスン、グスンと鼻をすすっている。


取り繕うわけでもなく、おちよは素直に思ったことをおちょぼに話し始めた。


「お金盗んでないのに、怖くて盗んだことにしようと思っちゃったんだ…」


「…ちよはね、やっぱり弱かったから。だからあの時も、ちょぼに悲しい思いをさせちゃったんだ、って…」


「お姉ちゃんぶって、本当は弱くて…本当に、ごめんね……」





ずっと、謝りたかった。




そんな機会が訪れるとは夢にも思っていなかったが、まさかこんな状況になって叶うとは。


続けて、しっかり言いたいことがあったから、少し離れて互いの顔が見えるほどの距離になった。



「ちよ、弱いけど…でも、やっぱりちょぼのお姉ちゃんでいたい…


「でも…弱っちいお姉ちゃんなんかやだよね…。あ、と、友達ならいい…?」


おちょぼの姉として強くいなければならない大事な時に、友達などと保険をかける自分を心底恥じた。


だが、おちょぼは苦笑いして力強く返す。



「ちょぼのお姉ちゃんは、ちよ姉しかいないよ!!」



おちよは、ぎゅっと下唇を噛み締めた。



盗人に仕立てあげられそうで怖かった。
そして、ちょぼに会えて嬉しかった。

そんな二つの状況で、一つだけ守り抜こうとした“強さ”がある。



それは、何があっても絶対に泣かないこと。



だが鼻の奥がツンとして痛み、目の縁にそれが押し寄せてしまう。




「ちょぼも弱いけど、ちよ姉を守るよ!」




おちよにとって、それが追い討ちとなった。


おちよはおちょぼを抱き締める。




やがて、かつての時へ巻き戻したかのように、おちよの泣き声が響いた。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




─山々が色づき始める。




おちょぼとおちよは、事情を知った小松姫の許可により、今では互いの家を行き来して同じ時を過ごしている。


再び「自他共に認める姉妹」となった二人を、今や妨げるものは何もない。


変わったことと言えば、それぞれの環境の変化から、一緒に外へ出歩くことが減ったくらい。



ある日、おちよはおちょぼから唐突な相談を受ける。


どうやら小松姫から、「“茶屋娘”となって人を笑顔にする使命」を受けたのだが、一人では不安だから一緒にできないか、ということだ。


おちよは人気番付のある“茶屋娘”というものについてはよく分からない。

だが、人に見られるものだということは分かる。

人に見られて目立つと、心ない者から嫌がらせを受けることがあるかもしれない。


…おちょぼがそんな目にあったら、絶対に許せない!


おちよは考えるまでもなく、即答した。




「よし!楽しそうだから、一緒にやろう!!」




使命であるならば、不安があってもおちょぼにそれを辞めてくれと言える立場ではない
ならば身近にいた方が「ちょぼを守れる」と思った。


それに、おちょぼと共に「何かの目標に向けて頑張る」ということを楽しく思ったのも事実。


おちよの返答に、おちょぼは嬉しそうに小松姫のもとへ報告に走った。






急な話しではあるが、決して安請け合いのつもりはない。


これから未知の世界へ足を踏み入れることになるのだから、きっと大変なことも多いだろう。


だけど、ちょぼのお姉ちゃんとして「妹を守る」ことが

私の〝使命〟である。



ならばどんな困難や悪党が現れても、決して怯んだりはしない!と誓う。






─そうだ。





私のスタイルは昔から決まっている。


「私の妹に悪さしてくるやつがいたら、こうやって守るんだ!」


息巻いて、一人言がはかどった。


きょろきょろ。


一応練習だから、周囲を見回して人がいないことを確認する。



おちよの相棒とも言える竹ぼうきを持ってくると、逆さにしてドンっと構えた。



久しぶりの感触に、
じわじわと気持ちも昂(たかぶ)ってくる。



心の準備も整った。


もう、弱くなんかない。


私は“元気で明るいお姉ちゃん”で

“妹のちょぼ”を守るんだ




そう覚悟を決めて




─たっぷりと息を吸い





─そして迫力のある元気な声で





─どこまでも遠くへ





─────叫べ!!







「ちょぼをいじめたら!」














「お姉ちゃんが!」












「許さないぞぉっ!!!!」
















おちよ と おちょぼ       ―完―