懐かしい駅名が出ていたので、ほぼ全文載せます。(一部、個人名が出ている部分のみカット)
【停車場ストーリー】信越線・三才駅 わが子を連れて
11:45更新
JR長野駅から信越線の下り普通列車に乗り、2つ目の駅が三才駅だ。今年で駅開業50周年を迎え、1月7日には地元の保育園児らを招いた祝典が開かれた。駅員2人の小さな駅だが、知る人ぞ知る、ちょっとした名所になっている。お目当ては「三才」と書いた駅名板。3歳になったわが子の姿を駅名をバックにカメラに収めようとやってくる親子連れは絶えない。
「うわさを聞いて、長野県内だけでなく、大阪や京都、千葉、東京などからも来てくれるようになった。知名度があがるのはありがたいこと」と駅長の小林啓治さん(60)は話す。土日・祝日は多いときで約20組、平日でも5組程度の家族が訪れるという。昨秋は、3歳になったペットのイヌを連れて関西から来た人もいたそうだ。
駅員にお願いすれば、2本線の入った駅長の帽子を無料で貸してくれる。ホームに入るための記念入場券は昔懐かしい硬券で、大人140円、小人70円の1セット210円で台紙付きで販売。台紙の表紙を開くと、「3歳のお誕生日 おめでとうございます。健やかなご成長をお祈りいたします」のメッセージとともに、ケーキのイラストがあしらわれている。
一度に10セット購入したり、郵送を依頼したりする鉄道愛好家さえいる。今年度は1100セットの記念入場券を用意したが、1月23日に完売した。目下、増刷中で納品され次第、販売を再開する予定だ。
筆者が駅を訪れた日の長野市の平均気温は氷点下2度の寒さだったが、子供の手を引いた家族が次々とあらわれた。
いつから、3歳児が記念撮影も訪れるようになったのか。これは実は定かではない。JR東日本長野支社によると、記念入場券は、平成4年ごろには登場していた。駅前で小麦粉を使った信州の郷土色「おやき」の店を経営する60歳代の女性は「20年くらい前ではないか」と記憶をたどる。駅名は住所に名を残す、明治時代半ばまであった村「三才」に由来するらしい。
駅舎横にある花壇と駅前の彫刻が置かれた緑地の花は、付近の住民が自発的に手入れしている。春にはスミレやポピー、夏にはヒャクニチソウなどが咲き、彩りを添える。
駅近くには巨大なショッピングセンターや商業ビル、有名な観光地はない。リンゴ畑が点在し、戸建ての家が並ぶ閑静な長野市郊外のベッドタウンだ。
乗客の多くは、寒さをしのぐため、駅舎の中で列車を待っていた。静かなホームに響く、家族の笑い声が心地良い。(比嘉一隆)
■三才駅 1日の平均乗降人員約2900人(平成18年度)▼運行本数=上り線38本、下り線38本(ともに平日)▼開業=昭和33年1月▼最終列車=上り午後11時21分(長野行き)、下り午後11時20分(豊野行き)▼業務委託駅=平成15年、駅の運営をJR東日本グループの「しなのエンタープライズ」に業務委託した。有人業務は午前7時半~午後6時、早朝・夜間は無人駅▼駅周辺=清泉女学院大・短大、国立長野工業高等専門学校、長野県若槻養護学校など学校が多い。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/121775/
駅舎の写真が出てますが、当時よりはきれいになったみたい。
駅前に駄菓子屋があって、何回も入った記憶が。
祖母の家が豊野だったので、その行き帰りに。
当時はコンビニなんか無かったし。
高校のときの友人の家も近くにあって、何回か行ったなぁ。
ちょっと離れたところ(500mぐらい?)に「肉よし」という肉屋さんがあって、そこのメンチカツが絶品でした。
まだあるのかなぁ?