すごいですね~。
67歳でオリンピック出場?
馬場馬術だということで、体力をすごく使うという競技ではなさそうですが。
66歳法華津、史上最年長で五輪へ=馬場団体の44年ぶり出場確定-馬術
2月7日12時32分配信 時事通信
北京五輪の馬場馬術団体に、日本が1964年東京五輪以来44年ぶりに出場することが7日、決定的となった。これに伴い、66歳の法華津寛(アバロン・ヒルサイドファーム)が日本史上最年長で五輪出場を果たすことも事実上、決まった。
同日、日本、オーストラリア、ニュージーランドのうち上位2カ国に五輪出場権が与えられる東南アジア・オセアニア地域予選が終了。各国上位3選手の得点率合計で豪州(196.167)の1位、日本(194.792)の2位、ニュージーランド(177.875)の3位が確定した。
同予選は、国際馬術連盟(FEI)の同じ審判が基本的に3カ国を別々の場所で採点する「審査会」として実施。日本は1月31日にフランスで、豪州は4日、ニュージーランドは7日にともに自国で審査会に臨んだ。FEIは12日に結果を発表する予定。
日本馬術連盟は五輪出場権を獲得した選手を代表にするため、審査会での成績順に法華津、八木三枝子(新大宗ドレッサージュチーム)、北井裕子(アシェンダ乗馬学校)が代表に決まる。3月に67歳となる法華津が北京五輪に出場すれば、88年ソウル五輪の同じ馬場馬術に63歳9カ月で出場した井上喜久子の最年長記録を塗り替える。法華津自身は、障害飛越代表だった東京五輪以来の出場となる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080207-00000073-jij-spo
珍しい名前です。
法華津寛(ほけつひろし)さん。
法華津(ほけつ)なんていう名字初めてききました。
★「法華津」という名のルーツは?
東京都出身の法華津だが、珍しい名字の通りそのルーツは四国・宇和島(愛媛)にあるという。現在、石垣などが残る伊予法華津城は水軍であった法華津七城の本城。法華津湾に面して半島状に突き出した丘陵に築かれている。法華津氏は、宇和西園寺氏十五将の中で船戦ができる唯一の勢力であったとされる。また、標高436メートルの法華津峠は宇和島市と西予市との市境をなす峠。ちなみに、北京五輪出場が内定した法華津も祖父の代に四国から上京したという。
http://www.sanspo.com/sports/top/sp200802/sp2008020801.html
【馬術】“じじの星”法華津、史上最年長67歳で五輪出場!
馬との連携がモノをいう馬場馬術。5年前に本場・ドイツ留学を決意した。ジョンソン・エンド・ジョンソン傘下の医薬品会社社長の座を後進に譲り、単身渡独。現地トレーナー宅に住み込んでの生活が始まった。50年間、人馬一体の日々を送ったが、指導されたのはイロハのイとも言うべき「馬に乗ったときの正しい姿勢」。プライドをズタズタにされても五輪出場の夢を捨てきれなかった。
44年前の東京五輪では障害飛越で40位。84年ロス五輪は補欠、88年ソウル五輪では代表に選ばれたが馬が検疫に引っ掛かって出場を断念した。昨年も馬インフルエンザの世界的流行で競技会の日程が流動的に。それでも毎日1時間は独学で編み出した補強&ストレッチ運動を欠かさず、帰国して再びドイツへ向かう際はスーツケース満載の食材を携え、日本食の自炊生活も行った。
一昨年12月には愛馬ウィスパー(11歳牝馬)と運命的な出会い。「一流の馬は億単位」(関係者)という出費も家族の理解があってこそだった。神経質な愛馬を入念に調教し、人馬一体の演技を可能とした。
■法華津寛(ほけつ・ひろし=馬場馬術)
1941(昭和16)年3月28日、東京都出身、66歳。12歳で馬術を始め、慶大に進学。64年東京五輪の障害飛越で40位。その後に馬場馬術に転向。五輪再挑戦を決意した03年からドイツ在住。
http://www.sanspo.com/sports/top/sp200802/sp2008020801.html
「ロス五輪は補欠(ほけつ)」(笑)←失礼しました。
しかしなぁ、12歳から馬術、元医薬品会社社長、ドイツ留学、億単位の馬・・・めっちゃ金持ちやん。
まぁ、オリンピックで頑張って欲しいです。