昨日、「戸塚ヨットスクール」の戸塚宏校長が出所し、
「体罰は教育」と言ったそうだ。
「戸塚ヨットスクール」のような死者を出すほどの厳しい体罰は
言うまでもなく罪悪であるが、「体罰は教育」という考え自体には
賛成である。
体罰は体に傷を残すだけでなく、心にも傷を残す。
その心の傷は一生消えることがない。
・・・などとよく言われている。
僕が小中学生の頃は体罰が当たり前だった。
親も子供も意味のある体罰ならば納得して受けていた。
中学の時に音楽の先生からもらったビンタ、
美術の先生からもらったデコピン、
国語の先生からもらったケツバットはいずれもいい思い出だ。
確かに、一部の先生からもらったものには納得がいかない、
今思い出してもその場所が痛くなるような気がするものも
あったけれど。
「親もたたいたことがないのに、何で先生がたたくんですか?」
などと文句を言ってくる親や生徒はお笑い種だった。
しかし、いつごろからか、そういう親が目立ち始め、
体罰がなくなって、甘っちょろい子供が増えたと思う。
確かに、怒りにまかせた暴力はアカンけど、愛のムチなら
全然かまわないと思っている。
ただ、暴力と判断されたらかなわないので、僕はやらないけどね。
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(オイオイ、今までの話はなんだったんだ?)
「立ってなさい」「正座してなさい」ぐらいはやるかも。
愛のムチだと思わせるために大切なのは、普段からの信頼関係かな。
最近、ドラえもんを見ていないが、
「のび君、バケツを持って廊下に立ってなさい。」
っていうのは、もう無くなったのかなぁ。