横浜中華街 | 歴史愛~歴史を学び、実生活を豊かにする~

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「温故知新」とは言いますが、世の中を見渡すと表面的な教訓ばかりでイマイチ実生活に活かすことのできない解説ばかりです。歴史的な出来事を、具体的な行動に置き換えて実生活をより豊かにし、願望を実現する手助けになるように翻訳していきます。


※こちらの記事は、平成21年8月30日に書かれたものです。

こんばんは。
今回は「横浜(よこはま)中華街」についてです。

とりあえず、「横浜中華街」の歴史を調べてみました(Wikipediaで)。


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横浜中華街の歴史は1859年の横浜開港より始まるとのことですが、当時は特に中国人街というわけでもなく、欧米人なども住んでいた外国人街だったそうです。
(もちろん中国人もたくさん住んでいたそうですが)


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のち、日清(にっしん)戦争により多数の中国人が帰国してしまいますが、戦争後、戻ってきたとのこと。
孫文(そんぶん)もこのあたりに住んでいたそうです。

この頃もまだ特別に中国人街だったわけではなく、外国人が雑居していたそうです。

で、大正になって関東大震災(かんとうだいしんさい)が起きて、このあたりも壊滅。
ほとんどの欧米人が帰国してしまい、現在のように中国人中心の街へと変わっていったようです。

そして日中戦争(にっちゅうせんそう)を経て、戦後の1955年、中華街も復興を始め、1972年の日中国交正常化で観光地としての整備が始まり、現在のような形になったとのことです。

中華街の料理はおいしいし、身近な中国ということで、とても面白い場所だと思います。
(山下公園(やましたこうえん)やみなとみらいにもすぐ行けるし、とても便利のいい場所ですよね)


参考
オフィシャルサイト
Wikipedia

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