アスファルト・ガール | シネマ、ジャズ、時々お仕事

シネマ、ジャズ、時々お仕事

日々の生活のメモランダムです。

1964年 大映 監督 島耕二 ミュージカル・シーン監督 ロッド・アレキサンダー 脚本 船橋和郎
(あらすじ:ネタバレあります)
ボス(岩村信雄)が経営する「日本観光ガイド・クラブ」は、実はコール・ガール組織。不況の影響か客足が鈍く、暇をもてあました自称「アスファルト・ガール」たち、銀子(宮川和子)、朱実(小宮あけみ)、れい子(下沢栄子)、エミ子(中田康子)らは、組織の事務所で踊り出してしまう。すると、そこにアメリカのジャズ屋からお座敷がかかり、呼び出された宮川らはいそいそと出掛けていったが、中田だけは岩村に呼び止められる。自称「デラックスのエミ子」という中田は気取っていて一流好み。それで客が付かないのだ、と岩村は嫌味を言う。そこに一本の電話が入った。岩村は酒癖の悪い中田に「くれぐれも酒は飲むな」と厳命して、彼女を待ち合わせ場所の噴水の前へ送った。そこには蝙蝠傘を持った中年の紳士・星野(坂本博士)が待っていた。坂本はブラジルでコーヒー園を経営しており、久々の帰国。数年前に妻を亡くして今は独身。海軍時代の仲間(夏木章、丸山修、中条静夫、村上不二夫)が持ち込む縁談が煩わしいため、中田にこれから会う彼らの前で恋人の振りをして欲しいという依頼だった。坂本の泊まるホテルの一室で待ち受けていた夏木らは、堅物の坂本が恋人同伴で現れたことに吃驚。だが、中田は勧められるままにシャンパンを4杯も飲み干し、泥酔して坂本へのノロケを歌い始め、さらに興に乗って夏木らと踊り出して、坂本を困惑させる。その頃、宮川たちが呼び出されたホテルの一室では、サー・ローランド・ハナ(p)が率いるクォーテット(サド・ジョーンズ(flh)、アーネスト・ファロー(b)、アルバート・“トゥティ”・ヒース(ds))がリハーサル中。勧められるままセッションにシットインした小宮は見事な歌を披露する。その夜遅く、岩村は宮川らの稼ぎを子分たち(原田信夫とファイヴ・キャラクターズ、尾藤イサオ)に配分。彼らは深夜の街で踊りながら朝を迎えた。翌朝、目覚めた中田は、岩村は泥酔した自分が花瓶に差された薔薇の花を食べてしまったことを聞き、顔を赤らめた。「君が金で買える女だからこそ、君の時間だけを買ったんだ」と言う岩村に、中田は自分が記憶喪失であることを明かす。そして中田は岩村に靴をねだり、そのお礼にと、ビルの屋上にある自分の小さな花壇に岩村を案内した。2人は踊るうちに、互いに引き付けられるものを感じていた。事務所に戻った中田はおニューの靴を宮川らに自慢していたが、岩村から「カモにはミンクのコートぐらい買わせろ」と叱責され、やむなく再び坂本の泊まるホテルに足を向けた。だが、坂本は不在。帰ろうとした中田は、対立するコール・ガール組織のリリー(緋桜陽子)らに拉致され、リンチを受ける。そこに中田の悲鳴を聞きつけた坂本が駆け付け、2人はタクシーで中田の自宅へ。そこは海外留学中の美術家から借り受けたアトリエで、蝋燭が沢山ある奇妙な部屋だった。化粧を落し、地味な普段着に着替えた中田の美しさに坂本は息を呑む。そこに岩村が姿を現した。2倍の料金を払うという中田の指名客が現れたという。坂本は3倍の料金を支払って中田を丸1日借り切った。ビジネスだからと割り切ろうとした岩村だったが、事務所に戻ると不機嫌ぶりを原田や尾藤に茶化されてしまう。翌日、坂本は中田の記憶を取り戻そうと横浜へ彼女を同伴。しかし、中田はなぜか気乗りしない様子。やがて、港の桟橋近くで中田は、「記憶喪失は嘘で、私は元は靴磨きだった」とカミングアウトし、居合わせた靴磨きたちに混じって踊り始めた。だが、坂本は「靴磨きだろうと、今の君が好きだ」と中田に愛を告白。さらに「僕も嘘をついていた」とブラジルのコーヒー園が破産していたことを告げた。出直す前に、二度と戻れないかもしれない祖国を訪ねたのだと言う。坂本のプロポーズに、中田はその夜、出港の船で共にブラジルに渡ることを決意した。だが、アトリエで荷造り中の中田の前に岩村が現れ、彼女は部屋に軟禁されてしまう。その夜、同じ船に乗るハナたちはお別れパーティーでジャム・セッションに興じ、次いで、尾藤や宮川たちが踊り始めた。だが、そこに緋桜らが乱入。パーティーは混乱のままお開きとなる。その頃、桟橋では見送りに来た夏木らが坂本と共に中田の現れるのを待っていた。一方、部屋で泣き崩れていた中田が、ドアに体当たりすると、想いが通じたのか、鍵が開いた。タクシーで横浜港へ急ぐ中田。だが、桟橋に船の姿はない。立ち尽くす中田に、物陰から姿を現した岩村が「船はとうに港の外へ出た」と告げた。それでも桟橋の階段を登ろうとする中田を岩村が遮ろうとして揉み合いとなり、中田はその場に倒れてしまう。翌日、傷心の中田は思い出の場所である花壇を訪ねた。だが、坂本への想いが断ち切れず、中田は買ってもらった靴を水溜りに投げ付けてしまう。そこに、坂本の歌声が響いてきた。坂本は船には乗らず、中田を捜して花壇に辿り着いたのだ。靴を拾い上げて近付いた坂本の胸に中田は顔を埋めて泣いた。そして2人は夕暮れの街を寄り添って歩き始めた。
(感想)
1960年代前半、「ウェストサイド物語」の大ヒットの影響で、わが国にも空前のミュージカル・ブームが到来。とりわけ64年に封切られた本作と東宝の「君も出世ができる」の2本は、後にも先にも、(歌と踊りがストーリーとリンクして進行するという意味では)唯二の「本格的ミュージカル映画」として後世まで語り継がれてきました。しかし、両作とも商業的には大失敗。邦画斜陽期に差し掛かったこともあってか、二度とこうした金のかかる本格的ミュージカル映画が企画されることはありませんでした。実際、この2作、その後もほとんど上映機会がなく、我々、封切に間に合わなかった世代には正に「幻の映画」。近年、「君も出世ができる」の方は再評価が進み、上映機会が増えていますし、DVDも出ましたが、この「アスファルト・ガール」の方は、数年前フィルセンでかかったのを唯一の例外として、全く上映機会がなく、DVDにもなっていないので、今回、神保町シアターの「ミュージカル映画特集」が初見だったという方も少なくないのではないでしょうか。私も、この機会を逃したら、当分、見る機会はないだろう、という主観的予測に基づき、結局3回観てしまいましたが(藁)、予想に反して客足は鈍く、一番入った回でも半分以上が空席!という状況でした(満員で100名の小シアターなのに)。確かにこのミュージカル映画特集、全体に客入りが悪く、井上梅次監督の「嵐を呼ぶ楽団」なんて私の観た回の観客は20人に満たないほどの惨状でしたが、唯一の例外が「ピンクタイツ」こと(藁)、同じ井上梅次監督の「踊りたい夜」で、何と全回満席!という人気ぶり。そりゃあ、倍賞千恵子、鰐淵晴子、水谷良重(現二代目八重子)の胸の開いたレオタード姿は集客力抜群なのでしょうけど、これほどまでに神保町シアターに集う映画マニア層がスケベーだったとは思いませんでした(藁)。私的にはこの「アスファルト・ガール」の方が、出来云々以前に、「映画作りの志」の点で「ピンクタイツ」辺りの和製ミュージカル映画よりも遥かに上にあると評価しています。ネット上でも誰も褒めていないみたいなので、以下、「敢えてアスファルト・ガールを推す」の記(ハハハ)(*)
さて、東宝の「君も出世ができる」の方は、通常の3倍もの予算をかけた大群舞シーンが売り物でしたが、貧乏な大映東京ではそんな金がかけられるわけもなし(藁)、少数精鋭にする代わりに、キャストには「超一流」を集めるという方針の下、主役の「大映唯一の歌って踊れる映画スター(ハハハ)」中田“ラッパ愛人”康子の他は、相手役として芸大出の声楽家・坂本博士、アメリカ帰りのクラシック・バレエ・ダンサー・岩村信雄(顔立ちが柴田恭兵クリソツ(藁))、バック・ダンサーとして当時TVやステージで売れっ子だった原田信夫とファイブ・キャラクターズ(彼らは前年の「踊りたい夜」にも顔を出しています)と、顔と名前は一致しなくとも「芸は一流」という玄人好みの面子を揃え、シンガーとしてはこれが映画デビューの尾藤イサオと小宮あけみを起用。尾藤イサオの方は説明不要でしょうが、当時19歳(ハハハ)小宮あけみの方は、60年代後半にテイチク系のユニオン・レーベルから歌謡ポップスのシングル盤を何枚か出していることを除くと詳しいキャリアがわからないという人。実力本意でオーディションで選んだことがありありとわかる地味なキャスティングは、むしろ清々しいほどです(藁)。これに対応して、大映大部屋陣から選別されたのも宝塚OGの緋桜陽子、SKD出身の宮川和子など、ちゃんと歌って踊れる面々を揃え、夏木章、中条静夫、村上不二夫、丸山修らの中年軍団も、明らかに相当に特訓した跡がわかる中々の善戦ぶりです。音楽面でも、サウンドトラックにはいつもの近衛秀麿管弦楽団ではなく、当時、日本随一のビッグバンドであった宮間利之とニューハードを起用。さらに、ちょっとだけ出て来るアメリカのジャズ屋にもサー・ローランド・ハナ率いる本物のジャズ・クォーテットを採用。別にチコ・ローランドなどの在日黒人役者を起用して、音だけ挿げ替えても問題ないと思われる程度の出番なのですが(藁)、このクォーテットには後にカウント・ベイシー・オーケストラを率いる大スター奏者サド・ジョーンズも顔を見せています。全楽曲のペンは当時、「爪」や「学生時代」などのヒット曲を書き、中村八大と並ぶヒット・メイカーだった平岡精二、編曲は現在もなお、現役の売れっ子アレンジャー・前田憲男という、凄まじい面子。この辺の人選には、ノー・クレディットながら影の音楽監修を勤めたという(生前、氏自身からそうお聞きしました)故いソノてルヲ氏の意向が色濃く反映しているようです。こうした、地味ながら当時、望み得る一流の面子を揃えた結果、楽曲、演奏、ダンス、そのいずれにおいても、この「アスファルト・ガール」は日本製として実現可能な最高水準に達していると思われますが、だからといって、傑作にはならないところが、映画作りの難しいところ(ハハハ)。大真面目にハリウッド・ミュージカルを念頭に置いたために、却ってうるさ型の映画評論家から、さまざまな突っ込みどころを指摘されてしまうという不幸な結果を招いたのでしょう。
それでも、「ウェストサイド物語」の完コピと言いたいファイブ・キャラクターズと尾藤イサオの群舞シーンや、靴磨きに扮した中田康子のダンス・シーンなどは、この時期の邦画が達成した最高水準のカットとして賞賛を惜しみません。中田・坂本のダンス・シーンも、少々、足元がおぼつかない坂本の踊りには目を瞑るとして、単なるダンスではなく、ちゃんと2人のラブ・シーンとしてダンスが構成され、それを画面から読み取ることができるのは素晴らしい。これは「君も出世ができる」を始め、他の和製ミュージカル映画では遂に到達できなかった境地だと思います。ロッド・アレキサンダーという人は、必ずしもハリウッドでは一流として遇されていなかった、まぁ、二流どころの振付師ではありますが、それでも本場で飯を食ってきただけのことはある、ということでしょうな。
坂本博士は、時折、台詞が生徒に語りかける学校の先生のようになってしまうのがご愛嬌ですが、覚束ないタップ・ダンス・シーンも無難にこなしており、特筆物の好演。ジャズ・ミュージカルならば、ジャズ・シンガーを起用しては…という感じもしましたが、当時の一線ジャズ・シンガー…笈田敏夫、武井義明、旗照夫、高橋伸壽といずれも遊び人風で(ハハハ)、旧海軍のお堅いムードとは縁遠い感じなので、やむを得ないキャスティングでしょうか。柳澤眞一ではコメディになってしまいますしねぇ。岩村信雄は、苦手と思われる演技や歌唱シーンも無難にこなしていますが、逆に本職のダンス・シーンは不完全燃焼気味。ラスト近くの中田康子とのダンス・シーンで見せる身体の切れなどは、素人目ににも「コイツ、只者じゃねぇな」と思わせるものがあるので、何でもっと彼に踊らせなかったのか、というキライはあります。もっとも、製作前後に大映と揉めた、という話もあるので、あるいは彼の出番を意識的に減らしたのかもしれません。だとしたら、観客サイドにとっては、大変、残念な話です。
前回、フィルセンで上映されたのは35ミリ・プリントだったようですが、今回の特集上映では残念ながら16ミリ。画面の一部が切れてしまう上、音声がモノーラルになってしまうという、ミュージカル映画としては決定的な問題点が、本作の価値をいささかなりとも損なってしまったことは残念でなりません。もっとも、大映は最後まで旧式の濃度(デンシティ)方式のサウンド・トラックに固執したため、35ミリ・プリントでもダイナミック・レインジは狭く、ローランド・ハナのピアノの音が歪んで聴こえる状態だったという話でした。次回上映の際は、ぜひ、35ミリ+音質改善版でお願いいたしますです。


(*)実は封切直後の「キネマ旬報」に、音楽評論家の安倍寧氏が「「アスファルト・ガール」 わたしは敢えてこれを推す」という一文を寄せられています。これはそのフレーズのパクリ。